モネのあしあと  原田マハ著.jpg19世紀後半、絵画の世界は大きく変わり、「印象派」が躍り出る。その真ん中にクロード・モネ(1840~1926)があり、1873年作の「印象―日の出」がある。「印象のまま描いた落書き」と酷評されたが、その名の「印象」は「印象派」の由来となり、大きな流れを形成していく。モネ、セザンヌ、ルノアール・・・・・・そして20世紀絵画の潮流を形づくる。

印象派誕生以前のフランス画壇、従来からの保守的なアカデミーの権威は絶対であった。そこにアトリエの人工的な光と、つくりものめいたモデルのポーズに飽き飽きし、現実の世界を描こうとしたモネらの反逆児がアカデミーの呪縛を破って登場した。その背景には、産業革命があり、交通網の整備、オスマンのパリ大改造の都市計画、人の自由な往来があり、水と緑の憩いの空間づくり、セーヌ川の美しさ、パリのカフェテラスがあり、さらには写実を根本から揺るがす写真の登場もあった。時代が新しい舞台をつくったわけだが、日本の浮世絵もパリ万国博覧会を通じて大人気を博し、影響を与えた。

日本人は印象派になぜ魅かれるのか。それは時代の新しさに呼応しようとした意識自体の新しさ、息吹きとともに、日本人のもつ自然観(草や花、自然の中に神や命が宿る)があるのではないか。風景への没入観、世界と自然との一体感があるのではないかという。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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