大友二階崩れ    赤神諒著.jpg天文19年2月(1550年)、豊後大友家で起きた「二階崩れの変」――。当主・大友義鑑(よしあき)は後継となっていた長男・義鎮(よししげ)(後の大友宗麟)を廃嫡せんとし、愛妾の子・塩市丸に家督を譲ろうとする。家臣は義鑑派と義鎮派に分裂、熾烈なお家騒動へと発展する。そして義鑑と塩市丸は襲撃され落命する。家中での勢力争い、功名の競い合い、謀略の充満するなか、ひたすら大友家への「義」を貫こうとする義鑑の腹心である吉弘鑑理(あきただ)(義鎮の義兄でもある)と、運命的な出会いから楓との愛を貫く弟・吉弘鑑広(あきひろ)の姿を描く。

戦国武将の戦いや「二階崩れの変」自体がテーマではなく、吉弘鑑理・鑑広兄弟の内面の苦闘と葛藤、二人の「義」と「愛」へのこだわり、それゆえに生じた運命的結末が息苦しいほど迫ってくる。とくに「義」――。「この紹兵衛、やっとお仕えすべき主にお会いでき申した。変節常なき乱世で、己を顧みず、いかなる時も義を重んじられる殿に心底惚れましてございまする」「乱世なればこそ、義を貫かねばならぬのじゃ。不義を謗られるよりは、愚昧なりと嘲られるほうがよい。義は滅びぬ。義を貫かば、必ず後に続く者が出る」――。それに対して「愛」の鑑広の才から見ると「それは平時の話。乱世に義を貫くなぞ、愚の骨頂にございまする。義を貫いて滅びるは、ただの愚か者にござる」「昔から鑑理の人のよさは救いがたかった。鑑理が今生きてあるのは、人の"悪い" 鑑広が支えたおかげだろう」・・・・・・。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

月別アーカイブ

上へ