仏の歴史と文化と伝統、神と人間と教会、欧州の戦乱・攻防――。その激しくも深く蓄積されてきた思想・哲学と社交の中から抉り出された人間学。ルイ14世の時代に生きた文人ラ・ロシュフーコーの「マクシム」(辛辣な人間観察を含んだ格言、箴言)が紹介される。まさに「言葉の短刀」。ラ・ロシュフーコーとともに、パスカル、ラ・フォンテーヌ、ラ・ブリュイエール、E・M・シオランをも含めて、鹿島茂氏でなければできない圧倒的な力業の"悪のマクシム"。"社交する人間"で、他人には短刀かもしれないが、自分には「お前そんなカッコつけているけれど・・・・・・」とズバッと心の中を荒々しく掴まれるようだ。
「人間は自己愛(ドーダ)に生きる動物であり、どんなに自己愛と無縁に思われる言動にも必ず自己愛が潜んでいる。『マクシム』はドーダから始まりドーダで終わる究極のドーダ論だ」という。「人はパンのみに生きるにあらず。褒め言葉にこそ生きるのである」「"面倒くさい"は日本人を律する最高のルールである」「人間の営為のすべては気晴らしにすぎない。楽しい労働もつらい仕事も、遊びも戦争も。気晴らしだけが人間を無為と倦怠という最悪の事態から救い出してくれる」「ドーダは死よりも強し」「好奇心も善行も虚栄心にほかならない」「『理性による承認』がなされたとき、初めて人は自尊心の十全たる満足を得る」「人々が感心する徳は2つしかない。勇気と気前のよさである(生命と金銭という2つのものを軽視しているから)」「ホームグローン・テロリストにある"極悪非道ドーダ"」「自我は『他人の栄光』が許せない」「妬み、嫉み、恨みは生命力の根源」「情念の最大の敵は『面倒くさい』」「自己愛はおのれを破壊もする」・・・・・・。
「耳をふさぎたくなる270の言葉」と副題にあるが、本当に(本当だから)グサッとくる。