ナチ宣伝相ゲッベルスの秘書、ヒトラーの時代を知る最後の生き証人、2017年に106歳で亡くなった女性ブルンヒルデ・ポムゼルの回想。それにドイツの著名なジャーナリスト、トーレ・ハンゼンが長文の解説を加えたもの。振り返っての貴重な独白であるとともに、難民の拒絶や右翼ポピュリストの台頭の著しい現代の政治情勢に対して危機感をもった警告の書となっている。
ポムゼルは言う。「私たちは政治に無関心だった。重要なのは仕事であり、物質的安定であり、上司への義務を果たすことであった」「1933年より前は、誰もとりたててユダヤ人について考えてなかった。ユダヤ人に敵意などもっていなかった」「強制収容所で何が起きているのか、誰も知らなかった。多くを知りたいとは、まるで思っていなかった」「(ゲッベルスのスポーツ宮殿での演説)私たちは傍観者だった。・・・・・・人々は叫ばずにはいられなかった。魔法をかけられてしまったかのように」「(ヒトラー、ゲッベルスの自殺)あの時は氷のように冷静で、無感覚だった。感情をすべて失っていた」「私はゲッベルスのもとでタイプを打っていただけ。罪の意識はないわ」・・・・・・。
たしかにポムゼルがいうように「愚かだった」。しかし、「何も知らなかった」というが、「知ることができる立場にあったのに、彼女は知ろうとしなかった」「愚かさとナイーブさを盾にして自己弁護をすることで問題をうやむやにしている」とハンゼンはいう。そして「無知、受動性、無関心、ご都合主義のナチスドイツ、ファシズム」を警告として現代の政治を見抜けという。具体的対策が大事だが、「右翼ポピュリズムのように難民の追放や隔離などの弾圧的措置でなく、難民や難民全般の人権を損なわない形で対処する」「マイノリティに対する寛容さが欠如すると、犠牲を生み、混乱状態、暴力、戦争が生じる」「思いやりや連帯といった人間的本能が排除される社会は脱人間化が続き、民主主義を必要としない醜い社会となる」「ヒトラーの台頭を傍観していた市民層が、今もまた煽動家や過激派を傍観している。今、積極的参加と細心の注意を必要としている」「財政危機と経済危機の問題も真剣に考慮しなければならない」・・・・・・。
ハンナアーレントのいう「凡庸な悪」――。ファシズムを「全体の中への個の埋没」ととらえるならば、今もITや情報メディア社会のなかで、そして世界的な難民と格差拡大のなかで右バネとポピュリズムが起きている。中間層の厚みを増していく具体策、デジタルポピュリズムへの対応策が不可欠となる。思考停止は絶対にいけない。教訓に満ちた警告、警世の書だ。