責任を取る、名誉のために命を絶つ、矜持に基づく切腹は戦国時代末期から江戸時代にかけて続いた武士の"名誉ある刑罰"だ。名誉の切腹、殉死の"追い腹"、詰め腹、諫言腹、無念腹(恨み腹)。"死""自死"という究極のものだけに、ギリギリの人生そのものがそこに現われる。「本懐」と題された本書は、死という究極中の究極、その時、人間は何を考え、何を残そうとしたかが鋭角的に描かれ、じつに面白い。
大石内蔵助良雄の「親心腹」は衝撃的な新しい角度。織田信長の「応報腹」は信長の"人間50年"を邪魔した者が誰であったか、狩野融川の「持替腹」は利休をも想起させる文人・絵師魂、堀長門守直虎の「夢想腹」は大政奉還における"徳川家と朝廷"下での無念、西郷隆盛の「漸く腹」は西郷の末路の哀れさと維新のゆがみ、今川義元の「不切腹」は意外にも権力基盤の弱かった義元の切腹さえできなかった慨嘆・・・・・・。
いずれも作者が長期間温めてきた究極の場面、歴史が人間の"生と死"からにわかに立ち上がってくる。