ある日失わずにすむもの.jpg全12篇。世界を襲う戦争のために人生・生活を切断される人々。米国で、ヨーロッパで、アジアの国や小さな島々で、日本で、貧しさを乗り越えて、ささやかな幸せを感じてきた人々の戦争による別離と淋しさ。「国政を私物化して共栄を騙る強欲な徒党のために人はあらぬ方向へ歩かされるものだと思いながら、やはり儚いさだめを負わされて大地にうつぶす人を思いやらずにいられなかった」「丹精した畑が見る影もなく寂れたように、夫婦が睦まじく語らい、慰め合うときはもう二度とあるまいと思った。シャオシアも精一杯の微笑を浮かべて、終幕の淋しさに耐えていた」(こんな生活)・・・・・・。

「歩調はこつこつと生きてきた人の強さのようであり、時代を憎む人の地団駄のようでもあった。雨上がりの石畳はひっそりと輝き、婦人の後ろ姿にも雨のあとがあった。その貧弱なようすが今日の彼には美しく見えて、うつろな視野から消えてゆくまで目をあてていた。するうち唇が震えて、思ってもみない寂寥が押し寄せてきた」(足下に酒瓶)など、描写はなんともキメ細やかで美しく、心の襞に広潤な幅があることを感じさせる名文が続く。「貧しい街から抜け出し、やっと築いた生活とジャズを奪われる若者」(どこか涙のようにひんやりとして)、「小説を書くことを共に志した恋人とも別れる女性――『次々と大切なものをなくしてゆく女の前途に確かなものなどなかったが、傷んだ心の皮を剝いてしまうと、皮肉なことに生きてゆく目的だけが残った』」(万年筆と学友)、「あまりの貧しさから抜け出すために軍隊を志願する兄と残る妹」(とても小さなジヨイ)、「美しい島で一生を送れるはずが、文明と戦争で切断され、お腹の子を宿している新妻と別れて征く夫」(ニキータ)、「戦争は移住者のアイデンティティを引き裂く。完璧なアメリカ人になれる者、なれない者」(みごとに丸い月)、「戦争で別離するも現実に生きる生死の女性と煩悩の男性の淡い違いを明らかにする」(アベーロ)、「無学でも非力でも生きてゆく人の闘い方がある。そのかすかな力が家族たちにも希望の灯となる」(ミスターパハップス)、「見送ることも、(言葉を交さず)早速に去ることも、甘美な記憶と未練を断ち切ることであった」(隔日熱病)、「猫と暮らし、ささやかな幸せを街中で感じていた若者が別れの時を迎えた」(十三分)・・・・・・。

「黙聴と静思を忘れた自己主張の渦から一流の文学は生まれない」「人間を書けない文学は無力である」「報道には報道のための平明な文章があるように、文学には永遠を組み立てる美しい文章があって、後者はどこからか不意に生まれてくる」・・・・・・。なるほどと納得する。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

月別アーカイブ

上へ