幕末の「あの破れかぶれの熱気」。尊王攘夷、大政奉還、王政復古・・・・・・。逃れられない"運命"としかいいようのないなかで、もがく人々。「その宿命ってのは戦とか尊王攘夷とか、そんな御大層なもんじゃねェ。もっとちっぽけで、俺らひとりひとりが抱えてるもんなんだ・・・・・・」。
吉原から幼なじみの愛する女・八穂を救い出そうと、賭場を襲わせたやくざ者の蓮八は、殺し屋・夜汐から身を隠そうとして京に上り、新選組に加わる。そこには「沖田はひとりぼっちで性質の悪い咳に悩まされ、芹沢は酒に酔い、近藤は仏頂面をぶらさげ、土方はうっとりと死に場所を夢見ている」という面々がいた。八穂から手紙をもらった蓮八は脱走し江戸へと向かう。殺し屋からも新選組からも追われ、必死で八穂を求めて進む蓮八。
運命をかみしめながら生きる各人の心中を描く名文は、余韻を伴なって心奥に迫り、あたかも芝居の名場面を観るようだ。「ありがとうございます。嗚咽の合間に、声を絞り出すのがやっとだった。・・・・・・時折胸を引き攣らせながら、蓮八はつぎになにが起ころうともそれは御仏の思し召しなのだと悟った。生きるために盗み、奪い、謀り、殺してきた。そのようにしか生きられぬ者は、やがてそのように死んでゆく。誰かが生き長らえるために、使い捨てられてゆく。その誰かもまた、誰かに使い捨てられる。昼と夜が交互に訪れるように、生と死もかわるがわるやってきては人を照らし、隠す」・・・・・・。