コロナについては語っていないが、「人間と自然」「人間とは何か」「人間の危機」「文明と人間の幸福」等について、根源から問いかける対談。重要で面白くて深い。「もとより虫屋とサル屋。人間を外から眺める視点が一致した」「暮らしを支えている自然を読み解く能力を鍛えるきわめて特殊な体験を積み重ねてきたことになる」「最近、人間のやっていることは、優劣をつけたがって競争ばかりしている。人と付き合えなくなって引きこもる。仲間と違うことを前提に共鳴しあうのが幸福だと思えるのに、争い合いながら均質化の道を歩んでいる。それは人類が歩んできた進化の道から逸脱し始めているのではないか」「人間以外の自然とも感動を分かち合う生き方を求めていけば、崩壊の危機にある地球も、ディストピアに陥りかけている人類も救うことができる」と山極氏はいう。
人間を外から眺める二人からすれば、どうも今の"人間は変だ""逸脱している"ということが見えている。「微生物も虫と人間も共鳴している。生命の世界は共鳴する世界だ」「私たちが失ったもの――道路の拡張、海岸線の破壊。サルもシカも身近に姿を現わす異変が急増している。東のサルと西のサルのように列島構造線で切れている。房総半島のサルは形態的にも遺伝的にも違う」「コミュニケーション――自然との会話ができなくなった(言葉を持つ以前の人間はもっと生物とコミュニケーションをしていた)」「情報化の起源――言葉、交換。言葉が『蓄積する文化』をつくった」「森の教室――危ない世界を身体で学ぶ、"論理vs感覚"の衝突、倫理というのは論理ではない」「生き物のかたち――オスは選ばれる性でメスは選ぶ性」「日本人の情緒――カルテのような情報化が進むが現物は違う、システムがあって現物がなくなる。理性的な社会をつくろうとして妙な社会ができちゃった」「微小な世界――ヒゲのなくなった人間、動物はいろんな音を聞いたり察知している」「価値観を変える――感じない人を大量生産している日本社会、受動的人間になっている。好奇心があってこそ人間の面白さ」・・・・・・。
そして「人間の身体が幸福に暮らせる環境というのは地球の環境だ。しかし人間は地球を使い捨てにしている」「こぼれ落ちていくものほど価値があり面白い(虫も)」「人間どうしのつながりには常に自然が介在していた(季節の移り変わりと生老病死、衣食住)」「人と人はヴァーチャルにはつながれない」「安全は科学技術でつくれるが、安心は人が与える。人への信頼、自然への信頼が大切」といい、自然と人間とも感動を分かち合う生き方を求めていこう、という。