東日本大震災で生き残ったシェパードの雑種犬・多聞と人との交流を描いた6つの短編集。宮城で「家族思いで犯罪に手を染めた『男と犬』」、福島・新潟で「窃盗団の男が故国へ逃亡しようとする『泥棒と犬』」、富山で「気持ちがスレ違う夫婦の間をとりもつ犬『夫婦と犬』」、滋賀で「体を売って男に貢ぐ女の怒り『娼婦と犬』」、島根で「老いた猟師の死期に付き添った『老人と犬』」、そして熊本で「東日本大震災のショックで言葉を失った少年と奇跡的に再会する『少年と犬』」――。いずれも多聞という賢い犬がそこにいた。
多聞は、難問を抱えて逡巡する人たちの心を融かし、救ってくれるのだ。そしてしみじみ思うのだ。「人にとって犬は特別な存在なのだ。人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物なのだ。人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。こんな動物は他にはない」・・・・・・。多聞が、「南へ、西へ西へ」と向かった意味が最後に明かされる。不思議な絆というものは、生命論的に全てにあると思う。会話ができない言語外世界だけに、より一層、魂の交流が浮き彫りにされる。犬の方が常住の哲学者で、人間の方がバタバタで、無常に翻弄されている存在のように思えてくる。