ちよぼ.jpg加賀百万石の前田利家の正室まつ。千代保は織田軍に攻め滅ぼされた朝倉家の家臣・上木新兵衛の娘で、まつの侍女となり、後に利家の側室となる。秀吉が明国へ触手を伸ばそうと肥前・名護屋城に向かう時、利家は糟糠の妻・まつではなく、若い側室の存(あり)を同行させるつもりだったが、存は体調をこわしており、思いがけず千代保が同道する。それが側室となる機縁となった。千代保の人生は波乱に満つものとなったが、次々に降りかかる荒波を乗り越えて、三代・前田利常、四代・光高ら子孫たちを育て上げた。一族を守り、前田家を守るために一身を擲って闘い続け、頼られ慕われた女性であった。機転がきき、決して悪口や愚痴はいわず、笑みを絶やさない女性だったという。

朝倉家滅亡、本能寺の変、柴田勝家・秀吉の賤ヶ岳の戦い、秀吉の朝鮮出兵、関ケ原の戦い、大坂冬の陣・夏の陣・・・・・・。歴史の大波を浴びながら千代保はしっかりと周りを守った。心配りもして励ました。正妻・まつと若い側室・千代保との激しい意地の張り合い・確執もあったが、「老いたりといえども凛として、一度として下手に出ることのなかったまつを『あっぱれ』と胸の内で称賛し、まつが加賀前田家の太陽なら自分は月、好敵手に恵まれた半生をこの上なく幸せだと思った」と「加賀百万石を照らす月・ちよぼ」を描く。近辺に及ぶキリシタン弾圧や、前田家を守るために長年にわたる"江戸での人質"をも安詳として受ける。能登に日蓮宗の五重塔を建立する。寿福院「ちよぼ」の波乱の生涯を描く。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

月別アーカイブ

上へ