心淋し川.jpg今でいえば東京下町の風情を残す谷根千――。谷中、根津、千駄木、そして駒込あたりの江戸の片隅、小さなどぶ川(心淋し川=うらさびし川)沿いに、4つ5つの貧しい長屋があった。貧しくも懸命に生きる人々の心根が6つの連作短篇として綴られる。かすかな喜びと哀しみが全身を覆うとてもいい話。じわっと来る。

「心淋し川」――この町とこの家から離れたいと思いつつも留まって、針仕事をする19歳の「ちほ」。この界隈の仕立物を請け負っている志野屋の仕事をしている「ちほ」は紋上絵師の元吉に淡い恋を抱く。「誰の心にも淀みはある。事々を流しちまった方がよほど楽なのに、こんなふうに物寂しく溜め込んじまう。でも、それが、人ってもんでね」と差配の茂十が「心淋し川」についてしみじみ語るのだ。

「閨仏」――不美人な妾ばかりを長屋に4人も囲う大隅屋六兵衛。最も年増の「りき」は、六兵衛が持ち込んだ張形に、かつて教えられた小刀で悪戯心もあって仏像を彫り始める。仏師の郷介は「こいつは見事だ。・・・・・まるで円空仏だ。人生の生きざまを写したものかもしれない」と感心し、二人の心が近付いていく。「はじめましょ」――四文銭で食える飯屋の「四文屋」を営む腕のいい与吾蔵。ある日、根津権現で小さな女の子の唄を耳にする。それは、かつて手酷く捨てた女が唄っていたもので、この子はもしやあの時の自分の子ではないかと思い、ついに母親に巡り合う。「冬虫夏草」――長屋に住む「吉」と「富士之助」の母子。大怪我を負って歩くことも立つこともできない富士之助は、毎日毎日、鬱憤を酒で紛らわし母を罵倒、長屋では顰蹙を買っていた。日本橋の三代続いた薬種問屋「高鶴屋」の内儀だった吉。どうしてこんなに富士之助を甘やかしているのか。「母は強しか・・・・・・怖いね、女親というものは」・・・・・・。

「明けぬ里」――根津遊郭一の美貌・明里と「よう」(葛葉)が、共に落籍したあと出会う。隠居が「いちばんの嘘つきは明里だろうな」という。明里の本当の心の中とは・・・・・・。「灰の男」――長屋のある心町(うらまち)の差配・茂十(久米茂左衛門)がこの地に住んだ因縁が語られる。「楡爺、あんたがうらやましいよ。一切を、忘れちまったんだからな」「おれは18年経っても、このざまだ。倅の死から、一歩も動けねえ」・・・・・・。そして楡爺が死に、寂寥が茂十の身を包む。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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