テレビの犯罪ドラマを観ているかのように、映像が立ち上がってくる。しかも登場人物はきわめて少なく、人生の陰翳が浮き彫りにされて面白い。盗賊、押し込みが描かれるが、これもまた藤沢周平の世界か。
それぞれが問題を抱えている四人の男は、酒亭「おかめ」の常連。重い病を患っている妻をもつ脱藩浪人・伊黒清十郎。かつて人を刺して江戸払いとなり、今は娘夫婦の家に住む飲んだくれの白髪の年寄り弥十。許嫁がいながら年上の女と深い仲となっている商家・兵庫屋の若旦那・仙太郎。同居していた女にも逃げられ長屋に住んで悪事を働いている佐之助。この四人が"押し込み強盗"に誘われる。誘ったのは盗っ人を本業とする伊兵衛。決行は夜ではなく、人足が途絶える"逢魔が刻"で、"鬼平"が狙い定める"強盗"ではなく、あえて"素人"による"押し込み"だ。南町奉行所の定町廻り同心・新関多仲は、伊兵衛を怪しいと見て探りを入れる。"押し込み"は成功したのだが・・・・・・。
「五人の男たちが、人の知らない闇の中で回しつづけてきた歯車が、これでぴったりと止まったのだ。歯車は俺ひとりでは動かない。佐之助は沈黙したが次に不意に腹の底から笑いが衝きあげてくるのを感じた。なんという運のない、情ない連中なのだと・・・・・・」「笑いながら、佐之助はろくに言葉をかわしたこともないその男たちを、自分がひどく好いていたのを感じていた。連中は間違いなく仲間だったのだ。・・・・・・笑いの一皮下に、険悪な怒りが動いていた。彼らをそうさせた運命といったようなものに、佐之助の怒りはむけられている」・・・・・・。