28、29日の土日、青空の下、地域ではいっせいに秋の行事が始まりました。小学校の運動会、子どもを交えての凧上げまつり、施設のバザー、秋の住宅デー、商店街の秋の味覚まつり、消防団点検、そして伝統工芸展・・・・・・。多くの人が集まり実りある行事となりました。
地域の活性化といっても、防災減災といっても、人のつながりが大事です。東京は大都市であるとともに、こうした地域行事が盛んです。
地域の方々のご尽力に感謝です。懇談のなか、要望もいただきました。頑張ります。
9月20日は「空の日」。広く国民の皆様に、航空に対する理解と関心を高めていただくことを目的とした記念日です。この日から30日までは「空の旬間」。期間中、全国各地の空港で地域の特色を活かした様々なイベントが行われます。
私も20日午前には、長年にわたり、航空の分野で活躍しその発展に貢献されたパイロット、客室乗務員等22名の方に対し、大臣表彰を授与いたしました。午後には、秋篠宮ご夫妻のご臨席をいただき開催された「日本航空協会」100周年記念式典に出席しました。
日本における航空の歴史は、今を遡ること103年前の明治43年(1910年)に始まります。徳川好敏、日野熊蔵の2人の陸軍大尉が東京の代々木練兵場(現在の代々木公園の辺り)において、初めて動力飛行に成功しました。「空の日」は、これを記念し、昭和15年(1940年)に制定されました(制定当初の名称は「航空日」)。
航空の利用者は今や年間1億5千万人。すっかり国民生活に不可欠なものとなりました。旅客、物流だけでなく、防災、救急等の分野でもなくてはならない存在です。グローバル時代を迎え、国の競争力を強化していく上でも、ますます、重要性が高まっていくものと思います。
何よりも重要なのは安全の確保。その上で利便性の高い航空ネットワークの充実を図ること。首都圏空港の機能強化、LCCの導入促進、航空機の安全対策、騒音問題など、様々な課題がありますが、解決に向け、どんどんと手を打っていきたいと思います。頑張ります。
東京北区の志茂・岩淵地域とその避難場所となっている荒川河川敷(岩淵水門がある)を結ぶ志茂橋の改修がついに実現しました。
志茂橋は昭和54年に架けられたため、耐震性に問題があり、また大きな車両が入れないことで改修が求められていました。私はこの改修のために、これまでたびたび国土交通省に足を運び、要請をし、昨年春に耐震補強・改修が決定しました。
この度、改修工事が終了し、8月31日には命名式が行われ、新河岸川に架かる新耐震の新しい橋として、「新志茂橋」と命名されました。
式典では、志茂・岩淵地域が「これで荒川河川敷へ確実に避難できる」と喜びが広がりました。私は、地域の防災が前進するとともに、「首都直下地震が起きた時、その時期が荒川の増水と重なると複合災害がもっとも懸念される。隅田川と荒川の増水を制御する岩淵水門は、東京の下町にとって命綱ともいうべき重要性を持っている。この新志茂橋はそれを担っている」とあいさつしました。
新志茂橋の完成を大変うれしく思っています。
9月11日からタイ、ベトナム両国を訪問して関係大臣との会談、現地視察を行い、14日早朝に帰国しました。また、14日夕方には、訪日中のベトナムの文化スポーツ観光大臣と国交省で会談しました。
両国とも、鉄道、道路、港湾をはじめとしてインフラ整備が最も重要なだけに、今回の外国訪問も強行スケジュール。関係大臣との連続的会談も熱のこもったものとなりました。主要テーマは、防災に関する協力関係の構築、インフラ整備のトップセールス、観光交流の促進の3つ。以前日本で会談し、今回が二度目の会談となる大臣も3人、個人的な信頼関係をさらに深めることもできたと思います。外交も人、そして明確な主張、粘りです。
まず、防災に関する協力関係の構築について。
タイ、ベトナム両国は、雨期や台風による洪水が多発しています。両国の災害対応力の向上のためには、日本の氾濫予測技術やダムの効果的運用など優れた防災技術について、産官学一体で支援し協力していく関係を築くことが重要です。このため、タイではプロートプラソップ副首相との間で、ベトナムではファット農業農村開発大臣との間で、それぞれ「防災協働対話」実施の覚書を締結しました。
また、タイでは、2011年のチャオプラヤー川の洪水で浸水し、日本の国際緊急援助隊のポンプ車が排水支援を行ったバンカディ工業団地を視察。ベトナムでは、今年は日越友好40周年記念行事が行われており、その一つである防災セミナーで挨拶を行い、防災技術での協力をアピールしました。