藤沢周平没後20年の記念出版。歌麿や豊国、国貞などの1枚の浮世絵から主題を得て、ごく短い一話をつくり上げた掌篇小説。1月から12月までの江戸の季節感ただよう12話。
「あっ」とか「はっ」とか、刹那の女の心の動き、しみ通るような悲しみや小さな安堵、江戸の女の息づかいが伝わってくる。江戸庶民の情感と粋、そして景観と色彩に柔らかに包まれる。
たとえば「馬場通りに出ると、道の正面に沈む日が見えた。その光に照らされながら、おせいは人混みの中を追われるような足どりで歩いた。後悔しちゃいけないよ、これがあたりまえさ、とおせいは胸の中でつぶやく。唇を噛んで、町にただよう晩夏の赤い光を見た。ひとつの季節の終りが見えた」(「晩夏の光」の結びの文章)(絵は「江戸自慢 五百羅漢施餓鬼(歌川国貞)」)など、鮮やかな文章に思わずうなずく。仏典の「心如工画師」(まさに心は工(たくみ)なる画師の種々の五陰を描くごとし)を思う。