まるで息の長い絵巻物のような感がした。知らずしらず喧騒とは全くかけ離れたリズミカルな静寂空間の中に入った。さらにまた、縁と天の世界に入り、「命の波の振動」と宮本輝さんが描く、生死一如、縁起の味わい深い自他不二の世界をかみしめる思いにひたった。見えない世界の律動を観てこそ人の生といえまいか。これらを「にぎやかな天地」というのはにくいほどだ。
勇気ある一念は悪鬼を善鬼に変え、運命を俗流の諦観に押し込めず諦(あきら)かに観る。
軽佻浮薄な衆愚の時代――しかし、その対極に手抜きをせず、じっくり何十年の時間をかけて滋味をつくり出す匠の心技によってつくられた本物の食品がある。こうした日本の発酵食品とそれをもたらす微生物の妙な働きを、縁起の人間の生死の世界に重ねて描く。
慌しい現代社会にはじっくり待つべき時間が欠如している。見えるものに幻惑されて見えざるものが観えない。今に流されて常住の時間をたたえられない。そんなことを感じさせるどっしりした心の作品だ。