
「自分だけに何故」――突然、あれほど親しかった4人の友に交流を拒絶され、多崎つくるは死を常に意識するほど追い込まれる。それが10年以上も続く。そして現実に肉体を殺害される以上に人生の色彩を奪い、"人生の亡命者"とまでに自らを変貌させた奪命的な傷が、じつは友人にも、年月を超えても振り払うことができないものであったことを知る巡礼の旅――。漱石の小説「こころ」をまず想起した。
人間は自分の色を持って生きる。多崎つくるが自覚するのは、「個性がない」「特段とりえもない」「色彩をもたない」ということだ。しかし高校時代の赤松、青海、白根、黒埜の4人の友人にとっての多崎つくるは、カラフルであったり、安心感のある良き器であった。そのことを拒絶された16年の苦悩を経て知る。
仏法でいう五大――地水火風空のなかで、調和という最も大切な働きである空の存在だ。この巡礼の旅は人間の心の深層に静かに迫るとともに、心地よく一気に読ませる。深く落ち着いて、いい。