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東海道新幹線が開通して50年――10月22日、JR東海、JR東日本など鉄道関係各社、新幹線の海外進出を目指す国際高速鉄道協会、新幹線やリニア新幹線を計画する12の国・地域の代表者、新幹線沿線の知事・市長など、多くの関係者が参加した祝賀会が盛大に行われました。


日本政府としては安倍首相と私、そして外国関係者としてはキャロライン・ケネディ駐日米国大使、シーファー元駐日米国大使、サイド・ハミド・マレーシア陸上公共交通委員会議長、チュア・チョン・ヘン・シンガポール陸上交通庁副長官などが参加。祝賀会で私は、「新幹線が開通して50年。"夢の超特急"と言われ、夢と希望と技術水準の高さへの誇りを日本に与えた画期的事業となった。しかも50年間、一人の死傷者も出さなかった安全性と確実性は類を見ないものだ。今、次の夢でもあるリニアが具体的に始まろうとしている。世界の方々とともに、次の時代に向けてスタートを切りたい」と挨拶しました。

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また、午前中は、ワシントンDC~ボルティモア間へのリニア導入を目指している米国の「TNEM社」のウェイン・ロジャーズ会長兼CEO、アドバイザリーボードメンバーのトム・ダシュル元民主党上院院内総務、メアリー・ピーターズ元連邦運輸長官、クリスティーン・トッド・ホイットマン元ニュージャージー州知事、ロドニー・スレーター元連邦運輸長官など、米国政財界に影響のある重鎮の方々と懇談しました。懇談では、リニア導入に向けた同社の意欲的な取り組みや米政府の動向などについて意見交換し、今後の連携の強化を確認しました。


なお、8月22日に行われた土木学会のシンポジウム「東海道新幹線と首都高 1964東京オリンピックに始まる50年の軌跡」での私の発言を、要旨として掲載します。


【発言要旨】

1964年、50年前というのは、私にとっても大変印象的な年である。京都大学土木工学科に入学をしたのが1964年であった。また1964年の6月には新潟で地震が発生し、昭和大橋が落橋した。これが、私が耐震工学を専攻する機縁にもなった。さらに10月1日に新幹線が走り、10月10日に東京オリンピックがあり、それに準備するという形で1962年に首都高が誕生した。そして、オリンピックの後、個人的なことではあるが、11月に公明党が立党した。50年後の今、こういう立場になるとは夢にも思っていなかった。
"夢の超特急"と言われたように、新幹線はまさに夢であった。当時は、造る造らないで大変な反対があったことは、『ナショナリズムと新幹線』という藤井聡氏の本を読むとよく分かる。それから50年間、正確で安全で快適で、人身事故が一つもなかった。そして路線間の都市が非常に発達をした。日本の技術水準の高さを世界に示しながら、経済成長の主軸になってきたのが東海道新幹線である。また、当時は1945年の敗戦から約20年経ち、やっとこれで新しいステージに入るという中で、新幹線そして高速道路ができたことは、敗戦を乗り越えて先進国の一員となったという大きな意義があった。


世界から見ると、日本は極めて稠密で脆弱な国土である。その中で新幹線や高速道路を発展させてきたことは間違いのない事実であり、誇るべきことである。しかし、日本ではこの20年、道路は無駄であるとか、ダムは無駄であるとか、公共事業は悪玉という意見もあった。しかし一方では、大震災や豪雨、そしてインフラの老朽化が始まっているという現実がある。経済だけを考え、B/C(費用便益比)だけを考えてやっていることに対して、私は長い間強い違和感を持ち続けてきた。今も、「無駄な」公共事業という形容詞がつけられることがある。しかし、これを突破してこの国土をしなやかに強くしていかなくてはいけない。


7月4日に「国土のグランドデザイン2050」を発表した。人口減少、高齢化、都市間競争の激化、ICT等の飛躍的な前進、エネルギーの制約など、様々なことの中で、2050年に向けてどういう日本をつくっていくかということを大きな課題として、提起した。そのキーワードが、「コンパクト+ネットワーク」、そして「対流促進型国土」である。各市町村が、わがまち、わが市はどうやって2050年に向けて生き抜いていけるか、東京型の同じような国土・都市ではなく、わがまちはこれで生きていくという個性を出す。個性を出した都市と隣の個性を出した都市との個性の違いの中から対流が起きてくる。違いがあるからこそ対流が生じるという対流型国土形成に向けてのスタートと定義をしたところである。


現在、気象状況が大きく変化している。雨の降り方も、集中化し、局地化し、激甚化する傾向がある。こうした状況の中で、どうやって強い国土をつくっていくか。新しいステージに入っているということを痛感している。未来に向けての日本の形成、国土の形成、そして新しい気象状況への環境の変化、様々なことの中で建設業界の人たちが、どのようにこの大事な国土を担っていくか。こうした新しいスタートの年が、1964年から50年後の今という年であると思う。大きく変わっていかなくてはならない。建設業界の人たちにとっても恒常的に仕事があり、また誇りある仕事であるということが、世の中の常識となるところまで持っていかなくてはならない。いいプランやデザインを発表しても、今それを担う人がはたしているのか。若い人たちがこの建設の業界に大勢入ってきて、誇りを持って働き、処遇もよくなる。そして土木の女子、"ドボジョ"も"建設なでしこ"も活躍をする。そうした担い手を含めて、我々が新しいステージにどうスタートを切るかということが大事である。


50年前に新幹線を"夢の超特急"と言ったように、今はリニアが夢を与えてくれる。夢がなければ人は生きていけないし、また夢があるからこそ、人は頑張れる。その大きな未来に向かってスタートを切るのは、今であると強く思っている。この東海道新幹線、そして首都高50年、老朽化対策も当然あるが、心合わせて新しいスタートをする今日でありたい。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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