
面白いという以上に、凄みのある本だ。それは維新という未曾有の激動の現実自体が凄まじいものであったということだ。歴史はともすると濁液の上ずみ液を描写するが、その裂け目下の現場には「異形の人間」「異常な興奮状態が生み出した理屈を超えた欲望、冷酷非道の生身の人間の性(さが)が露出する。それを幕末、明治初期の異形の維新史として、しかも文献、史実をガッチリ踏まえて重厚に描き出している。現実の生々しさ、人間の破天荒を突きつけられ、圧倒される。
開国の方針を決め条約の勅許を得ようとする幕府、それに対して攘夷を掲げた孝明天皇下の公卿の欲と権力闘争、狼狽ぶりのなかで生じた悲劇を描く「薔薇の武士」、戊辰戦争の官軍に先遣隊として使われたヤクザの暴走と彼らに襲われた名家夫人を描く「軍師の奥方」、岩倉使節団の実態とその船上で行われた「船中裁判」、明治初頭の神仏混淆の社寺から仏教色を払拭しようとした突拍子もない廃仏毀釈の狂騒を描いた「木像流血」、毒婦・高橋お伝の解剖と風評を描く「名器伝説」など7編。いずれもその現実と現場が鮮やかに迫ってくる。