死刑の執行から話が始まる。父の安否を確認するために、新潟の実家に戻ると・・・・・・。「まったく、おかしな話です。実家に帰ったら、自分にそっくりな知らない人間が現れて、自分は昨日死刑を執行された死刑囚だという。わけがわからない」――。
そして次々と出てくる主役が、「俺はいったい誰なのか」「あの人は自分が何者かわからないのでしょうね」「誰が誰だかわからない」という"世にも不思議な世界"に入り込んでいく。カミュの「異邦人」や、コリン・ウイルソンの「アウトサイダー」など、私たちの世代の青春時代の"あの世界"が伏線として提示される。
実在と意識。「意識というのは個人の神経電位や化学反応だけではなく、それらを含めた人体付近の環境全体によって形成されているんだ。そして人体というのは、周囲の環境と情報をやり取りしている発信機であり、受信機なんだ。意識はそれらの情報を総合して形作られている。・・・・・・自分を自分だと思っている<自分>の中には、人体としては別人の、たとえばあなたの意識活動から漏れている信号も含まれている」「死にたくはないが死ななくてはならない。この矛盾状態を破るために、おれは、自分の死を自分で確かめることができないなどというのは我慢ならない、死んでも自分の死体を見届けてやると、そう強く念じたんだ。すると、首にロープを巻かれ、目隠しをされた自分の姿が、見えた」
あまり接したことのない心奥を突き刺してくる長編小説だが、最後まで迫り、ほんろうされる。