敗者の想像力.jpg「敗戦後論」から20年。「戦争の敗北」「占領」を真正面から受け止め、血肉化、思想化していない日本の現状を、山口昌男、大江健三郎、鶴見俊輔、吉本隆明、カズオ・イシグロ(ノーベル賞受賞前に本書は書かれている)、宮崎駿、そして「シン・ゴジラ」等を通じて語っている。なぜそうなったのか。深まらないのは残念なことなのだ。

「敗者の想像力とは、敗者が敗者であり続けているうちに、彼のなかに生まれてくるだろう想像力のことである」「日本の敗戦国としての70余年の経験が育んだ感性、感受性、考え方――それを総称して敗者の想像力と呼ぶ。しかしそれは、敗者に限らない、人間の想像力の深い現れでもある」「敗れることの経験の深さ」「自分たちが敗者である。その自覚の底に下りていく。そこから世界をもう一度見上げてみる。見下ろす想像力と見上げる想像力。想像力にも天地がある」「第二次世界大戦の敗戦国の特異さ――壊滅的な物質的・倫理的敗北によって"敗戦国"としての自意識が残らないほど徹底的に打ちのめされた点にある......かくも従順に、抵抗もせずに、不当なことを受け止める......運命として受け止める」「日本という国には、現在、敗者の想像力が足りない。圧倒的に足りない。......なぜか大江健三郎の初期作品が、意味深い例外的な位置を占めている」「敗者の想像力とゴジラ」「原発事故とシン・ゴジラ」「文明の逆襲と冷温停止」「これからの時代、低エントロピー社会を射程に置く。そのモデルとして"勝ち派"のスタイルではなく、"負け派"のスタイル、せり下げの非・上昇志向」「近代日本は、明治以来"(上昇)文明のハシゴ段"を登ってきたが、この強迫観念からどう自由になるかが、戦後の課題になる(鶴見)」「(マルクス主義など)輸入思想を金科玉条的に信念貫徹してきただけでは、思想的な価値はみじんもない」「ぼろぼろな戦後に殉じる、矛盾を生きる」「戦後民主主義という時代遅れの"時代の精神"に、いまこそ自分が殉死しよう」......。まさに「下り坂での戦い」の「負けることを最後までやりとげる戦い」ということを考える。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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