深夜のファミレスで突然、男の体が炎上、雑居ビルにも被害が及ぶ。さらに奇妙なことにオオカミ犬による連続殺傷事件が発生する。担当したのはベテラン刑事の滝沢とともに、若き女性の刑事・音道貴子。男性刑事からは今でいえばセクハラ・パワハラまがいの嫌味をいわれ、夫には浮気をされて離婚もする。しかし貴子は「女なんて」と言われながらも、それを乗り越えて真っすぐに進む。
1996年の直木賞。ポケベルが最大のツールであったひと昔前、昼も夜もない刑事という職業が及ぼす家族との葛藤、男性の職場ともいえるなかでの女性刑事の苦闘が、複雑かつ凄絶な事件のなか浮き彫りされる。
ハーバード大学のソーンバー教授が日本文学を教える教材として「凍える牙」を取り上げているという(「ハーバードの日本人論」佐藤智恵著)。「学生から高評価を受けている」「日本の刑事司法制度の課題だけではなく、職場における男女格差問題を浮き彫りにしている」「貴子の人間としての強さに共感する」と言っている。より根底には、その時の社会問題を抉るとともに、単なる善悪の二分法に立たない日本小説の魅力があるようだ。たしかにこの「凍える牙」は時代を映すとともに、「加害者」が「被害者」であり、「善悪」の基準を問いかける。それゆえに最も惹きつけられるのは、「オオカミ犬疾風」と「覚醒剤中毒にまでなった笑子」の寂寥だ。