我、過てり.jpg戦国の英傑、しかも信念堅固、信頼抜群の武将たちにも、運命的苦難は容赦なく襲いかかる。彼らにも「我、過てり」と思った瞬間があった。何を誤り、どう挽回を図ったのか。「歴史に名を残す」4人の武将を描く。

第一話「天敵」は小県郡を握った村上義清――。戦うこと70余回、ほぼ負けなしの信玄。その信玄に上田原、砥石、常田でと3度も勝った村上義清。しかし「戦えば何を得られるか、富貴栄達を約束できるか」に応えられなかった義清の下から、信玄に調略された信濃衆が次々に去っていく。「戦よりも政で敗れたのだ」と、戦で勝っても政と謀、与えるものなかったことを義清は自覚するようになった。戦よりも政で敗れたのだ。

第二話「独眼竜点睛を欠く」は伊達政宗――。天正15年~17年、政宗は新たな天下人となる秀吉に会うために遠い都へ行くよりは、最上と佐竹がおとなしいうちに領国の周囲を固める必要があった。それは秀吉の求める「惣無事」とも一致するはずだと考えた。秀吉は最後には現状を認めると踏んだのだ。しかし・・・・・・「我、過てり」「白装束を用意せよ」と小田原へ馳せ参じるが、そこで会った秀吉に驚くのだ。「竜を恐れ入らせた鼠も珍しかろう」・・・・・・。

第三話「土竜(もぐら)の剣」は、岩見重太郎(薄田兼相)――。父親から「土竜の剣」を教えられた重太郎。「我らの剣は常に地の底に潜り、光を放ってはならぬ」「誰よりも強く、そして暗く。それが岩見の武である」と。その父が殺され、小早川隆景の命の下、仇を討つ旅に出る。名島26人斬り、天橋立の百人斬りで名を成すが、「お前は天下一の匹夫だ」との声が頭に残る。そして大阪の陣――。将としての武威を示せず、土竜から脱し得なかった自分が、最後の最後、「土竜の剣で満足していれば・・・・・・生を全うできたかもしれぬ。だが天道の下でふるう武の爽快さを知ってしまったのだ」と反転して語る。

第四話「撓まず屈せず」は、立花宗茂――。妻・誾千代の父・立花道雪、父・高橋紹雲という偉大な親を持つ立花宗茂。どの戦場においても抜群の働きをし、敵をも味方にする信頼をその義の振舞いによって勝ち取ってきた。豊臣秀吉こそ命を賭して仕えるべき男だとし、朝鮮侵攻でもその力と義を見せつけた。清正が終生、その恩を忘れなかったのもその時の戦いだ。そして、当然のように関ケ原では西軍につく。妻は常に厳として「内府につくべきです」「家を束ねる者としての信念こそが立花の『節義』です」というのだ。宗茂は西軍につき寝返らなかった武将としては稀有の柳川13万石を秀忠の時代に受け、その「節義」は家光に至るまで高く評価されたという。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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