「高瀬庄左衛門御留書」に続く神山藩シリーズ第二弾。神山藩の筆頭家老・黛清左衛門を父にもつ三兄弟。長兄・栄之丞、次兄・壮十郎、そして三男・新三郎。兄弟の仲も良く、17歳の新三郎は恵まれた平穏の日々を送り、道場仲間の由利圭蔵という無二の「友垣」もいた。父・清左衛門と大目付の黒沢織部正は極めて親しい間柄で、家族ぐるみの付き合いを続けており、やがて織部正の美しい一人娘・りくとの婚儀がまとまり、新三郎は黒澤家の家に婿入りすることになる。元禄時代以降、借財には喘いでいたが、藩内は目立った嵐もなくまとまっていた。しかし「冬の湖面に石が投じられたごとく」に亀裂がしだいに広がっていたのだ。次席家老を代々務める漆原内記の野望がむくむくと立ち上がってきたのだ。娘のおりうが藩主の側室になり、又次郎という庶子をあげ、主導権を握るとともに藩主擁立への動きだ。そして黛と漆原はぶつかり死傷事件を起こす。「喧嘩両成敗」――次兄・壮十郎を落涙するなか「切腹」の断を新三郎は下すのだった。「わしがにくいか」「つぶした虫の怨みなど、気にかけるものはおらぬ」「未熟は悪でござる」「同じことなら強い虫になられるがよい」――。漆原内記の睥睨する言だ。
そして13年――。黒沢織部正となった新三郎は、筆頭家老になった漆原内記に仕え精励するが、陰では「漆原の走狗」「いつも抜き身を下げているような鞘なし織部」と嘲られる。「兄殺し」の自分にだ。再びの政争の嵐のなか、異なった立場の「黛家の兄弟」はどう立ち向かうのか。
静かに流れる風景と時間――。そのなかで、登場する人物それぞれが貫く自らの一筋の心の道が、静謐さのなかで描かれる。砂原浩太朗の世界。その静謐さとゆったりした時間、江戸時代の時空を形づくる精神性が心に迫ってくる。