14歳のイギリスの少女ミアは、酒と薬に依存する母親と貧しい人々が暮らす団地で暮らし、弟のチャーリーの世話をしている。母親は働かず、子供はほったらかし。食事も衣服もままならず、チャーリーはいじめに遭っている。生活保護のお金まで母親の薬に消えてしまう有様だ。そんなミアの楽しみは図書館などで本を読むこと。ある日、100年前の日本の「金子文子」の伝記に出会う。戸籍にも入っていない無籍者、同じような薄幸の少女・フミコに惹かれ、自分の人生を重ねて読み進めていく。フミコは大逆罪で有罪、獄死したアナキスト。獄中で本を書いたという。
イギリスの階級社会では、言葉まで違ってミドルクラスにはなれない壁があまりにも大きい。重苦しい閉鎖された誰にも理解されない世界。男なしでは生きられない母親。貧困、性暴力、ネグレクト、虐待、薬物依存・・・・・・。最後のセーフティーネットのソーシャルに連れていかれても、ミアとチャーリーはバラバラにされることを極度に恐れる。広い世界の中で身を寄せ合い2人がひとつになっての孤立だ。フミコはついに自殺を図ろうとする。ミアらは逃げようとする。残酷な世界からの逃走だ。
フミコは自殺の寸前――。「あたりを見回し、私はぎょっとして立ちすくんだ。私を囲んでいる世界が、あまりにも美しかったからだ。いま飛べば折檻や空腹からは逃れられる。だけど、それでも世界にはまだ美しいものがたくさんある・・・・・・私は死ぬわけにはいかない。・・・・・・ここじゃない世界は今ここにあり、ここから広がっている。別の世界は存在する」と思い覚醒する。逃避行の果てに駅で倒れたミアは、分け隔てすることなく、ミアの素敵なリリックに感動し曲をつけてくれたウィルの「両手にトカレフ クリスマス・ヴァージョン」を病床で聴く。「ここじゃない世界に行きたいと思っていたのに、世界はまだここで続いている。でも、それは前とは違っている。多分世界はここから、私たちがいるこの場所から変わって、こことは違う世界になるのかもしれないね」「それは驚くべきことだった。そこにあるのはNOではなく、YESだったからだ。ここにあった世界には存在しなかった言葉が、ここにある世界には存在し始めている。私の、私たちの、世界はここにある」・・・・・・。どん底の生死を超え、宇宙のリズム、宇宙生命に触れた幸福感を見出した瞬間といえようか。