三沢兵馬という老人が、東小金井に所有する中国の伝統的家屋建築の「四合院造り」の家。東西南北のなかの一棟に間借りしている29歳の金井綾乃に、近江八幡市の実家の母から知らせが届く。徳子おばあちゃんが、90歳を迎え、祖母自らが豪華な「晩餐会」を開くと言うのだ。家族全員集合、特別な会場で、超一流のフランス料理で、タキシードやドレスで・・・・・・。徳子おばあちゃん、父陽次郎60歳、母玉枝57歳、長男喜明32歳と妻春菜、長女綾乃29歳、次女鈴香26歳、次男春明24歳の面々だ。
なぜ徳子おばあちゃんは、そんな豪華絢爛な晩餐会を開くことにしたのか。なぜ徳子おばあちゃんは、わずか16歳で出征の決まった青年と結婚したのか。短刀で自刃しようとした後、なぜ数年間も婚家にとどまったのか。なぜ由緒ある端渓の硯と竹細工の花入れを綾乃に、来国俊の懐剣を鈴香に、銀のスプーンを春明に渡したのか。なぜ吃音の教え子に法華経の妙音菩薩品を読ませたのか・・・・・・。綾乃は晩餐会の準備をするなかで、徳子おばあちゃんのキリッと筋の通った人生姿勢と、縁した人に注ぐ慈悲の心を知っていくのだった。
大ドラマやエンターテイメントではない。真摯に丁寧に、人生を生きていくなかに、「人に恵まれる」「心の中から幸せを感じる」こと、そして「人と人との間に幸せが生まれる」ことをしみじみ感じさせる。
「見ていると幸福な気持ちになる。それはやがて『もの』ではなく、幸福そのものになる」「晩餐会は、自分だけでなく、自分の人生に関わった人々すべての生命を褒め称えるためのものだ。・・・・・・わたしはいつか愛する者たちを招いて晩餐会を催そうと思った」「晩餐会への敬意を込めるために最高の正装で臨むそうだ」「まず自分への敬意。同席する妻や家族たちへの敬意。友人知己たちへの敬意。それから料理人や配膳係たちへの敬意。・・・・・・つまり、晩餐会とは、今日生きていることへの敬意。自分の生命への敬意と賛嘆。家族や友人たちへの生への敬意と讃嘆をあらわすためのものだということだ」・・・・・・。
「よき時とは過去の栄光の時ではなく、未来を目指す意志」――。価値創造の意志が、自他共の幸福を築くことをじっくり味わせてくれる素晴らしい作品。