時は町人文化の発展の文化年間(1804~1818年)。江戸木挽町の芝居小屋、森田座の裏通り。雪の降る睦月の晦日の晩、仇討ちが行われた。白装束を纏った年のころ15 、6の若衆。「我こそは伊納清左衛門が一子、菊之助。その方、作兵衛こそわが父の仇。いざ尋常に勝負」――多くの人がいる前で、菊之助は血まみれとなった下男の首を高くかかげたのだった。それから2年後、菊之介の縁者だという若侍が木挽町を訪れ、目撃者から事件の顛末を聞いて回る。
木戸芸者の一ハ、立師の与三郎、衣装部屋のほたる、小道具の久蔵夫婦、戯作者の金治(野々山正ニ)。それぞれの身の上話は、いずれも心を打つものばかり。「(みんな)菊之介、菊之介ってあいつを可愛がっている。俺も含めてこの悪所に集うやつらはみんな、世の理ってやつから見放されて、はじき出されて転がり込んで、ようやっとここに落ち着いた連中だ。それが、まだ武士の理を引きずりながら仇討ちを立てているあいつに、どういうわけか心惹かれていく」・・・・・・。
驚愕の真相が明らかになるが、江戸の町人の陰影を隠して生きる逞しさ、明るさ、知恵、人の情が溢れて心地よい。かっこつけた武士道など簡単にけたぐりにあう。絶妙の構成と筆致に感心する。