「安全保障入門」というが、ついこの間まで内閣官房副長官補、国家安全保障局次長であった兼原さんだけに、極めてリアル。現在日本の抱える安全保障の現実と諸問題について、言葉は優しいが、指摘は率直でズバっと鋭い。昨今のロシアによるウクライナ侵略、米中対立、グローバル・サウスの台頭、猛スピードで進む技術革新・サイバー攻撃・・・・・・。世界の安全保障環境は激変しており、日本は「国民を守る」ために、リアリズムに徹して安全保障、抑止力を考えなければならない。そして日本は、人類が苦難のなか築き上げてきた自由主義社会を守り、それをグローバル・ サウスに広げていくリーダーになるべきである。そのためにも、戦後左翼の「非武装中立」的な残滓と決別しなくてはならないと言う。
「日本の安全」――キッシンジャーは「日本は法的には西側の一員であった。けれども実態は冷戦のイデオロギー対決に参加しなかった(名著「国際秩序」)」と言ったが、吉田、岸以来の「西側の一員」という立ち位置を中曽根総理が明確にした。「基盤的防衛力、必要最小限」の防衛は無意味だ。
「価値観の外交時代」――自由、民主主義、法の支配といった普遍的と思われる価値観に基づいた外交が重要であり、権力者の意思がそのまま法であるという独裁思想は「法の支配」とは全く違う。「グローバル・サウスと自由主義的国際秩序」――植民地にされたアジア・アフリカの国からすれば、先進民主主義国家こそ、肌の色で人間を差別し、人権を蹂躙し、主権と尊厳を奪った国々だったではないかと思っていることを見逃してはならない。日本人といっても、世代による価値観の違いがあり、戦後すぐの世代は平和主義とマルクス主義の影響が強く、独特の歴史観を持っている。そして兼原さんは、「価値観外交と戦後70年総理大臣談話」を思いを込めて語っている。よくわかる。
「安定と安全がもたらす国際社会の平和」――安定と安全は異なる。安定は、国家間におけるバランスを図ることで、秩序が不安定化しないようにすること。アイデンティティーとナショナリズムがなぜ必要となるのか。「対中大戦略の構築」――中国とどう向き合い、どう国際的な安定を図っていくべきか。「台湾有事にどう備えるか」――日本とアメリカが対処すべき「核の恫喝」。緊迫のなかで語られる。
「安保3文書と国家安全保障会議」――日本が国内冷戦の分断に翻弄されて、国家としてきちんとした安全保障戦略を策定してこなかったのは、手品で外交をしようとするのと同じで恥ずかしいこと。基盤的防衛力構想が消え、国家防衛戦略の大転換が行われた。「新しい戦場」――サイバー空間と宇宙空間は注力すべき分野だが、日本が諸外国に遅れている分野でもあり、法・組織・人材の見直しが求められている。サイバー防衛隊を抜本的に増強せよ。
「日本の領土問題と尖閣諸島」――北方領土、竹島、尖閣諸島をめぐる歴史的経緯が語られる。海上保安庁の態勢強化に尽力していただいた兼原さんの思いが、行間から伝わってくる。「自由主義貿易の未来と地政学」――揺らぐ自由主義貿易体制と半導体。「経済安全保障」――安全保障と科学技術が日本は完全に分断されている。防衛産業の活性化、半導体産業の再生やエネルギー、食料の確保など経済安全保障の推進が重要。
「入門」どころか、外交・安全保障の現在の課題が、背景、それぞれの国の歴史と思考形態、地政学等を踏まえて鋭角的に語られている。