むき出しの原自然、獣たる人間の生死、息づかいが迫ってくるど迫力の小説。衝撃的な「颶風に王」に始まり、「肉弾」「締め殺しの樹」と、河崎さんの北海道原野における人間と獣の業と悲哀をめぐる作品は、いずれも凄まじい。
明治後期、北海道の雪に閉ざされる山中で、犬を相棒に猟師というより獣そのものの嗅覚で熊や鹿などと対峙し、ひとり狩猟をし生きてきた熊爪。ある日、熊に襲われ負傷した男に出会う。男を襲ったのは冬眠していない熊「穴持たず」。熊爪は怒りに震える。「ふざけるな。ふざけるなよ、おめい」「この熊を、許さねぇ」「手負いであること、よそから来た穴持たずであること、太一を傷つけたこと。全てを忘れて、怒りを紙縒りのように細く硬く尖らせ、熊爪は銃身を握りしめた」・・・・・・。
「穴持たず」を追うが、若い赤毛の雄熊と「穴持たず」の戦いとなり、そこに熊爪と犬が加わる。「赤毛」が勝ち、熊爪は重傷を負う。天井板を眺めながら熊爪は声にならない声を吐き出す――「熊にも、里の人間にもなれず、猟師でいられない俺は、いま、何者だ」・・・・・・。再び山に戻った熊爪は、回復に苛立つ心を抑えて「赤毛」を狙う。そして倒す。「こんな熊、いるのか。すげえな。大将だ。おめい」・・・・・・。
白糠の町で熊爪を助けてくれていた良輔、その屋敷に住んでいた盲目の少女・陽子。ロシアとの戦争に向かっている日本は、北海道に大きな変化をもたらし、良輔の家も没落する。「国も戦争も人の世も、全て関係ないと。仙人のつもりか!」「赤毛をば、でかくて、若い熊、撃って。そん時殺してもらえねかった。・・・・・・だから人にも熊にもなれんかった、ただの、なんでもねぇ、はんぱもんになった。でもそれでいい。それで生きる」・・・・・・。
自然と人間、獣と人間、生と死――そのあわいそのものを生き、死に場所を求める男を描くなか、人間とは、幸福とは何かを根源的に問いかける凄絶な作品。