昨日がなければ明日もない  宮部みゆき著.jpg杉村三郎シリーズの第5作。「誰か」「名もなき毒」「ペテロの葬列」「希望荘」に次ぐもの。東京・北区で私立探偵事務所を設立した杉村が、"困った女たち"の難題を解決する。ごくありふれた日常のなかに、人を困らせ、難題を突きつける者がおり、ついには事件として暴発する。杉村三郎が淡々と丁寧に取り組んでいく。「絶対零度」「華燭」「昨日がなければ明日もない」の3話。

「絶対零度」――。久し振りの依頼人は50代後半の筥崎静子。2年前に結婚した娘・優美が自殺未遂をして入院したというが、面会も拒否され、メールも1か月以上も繋がらないという。杉村が調べると、あまりにも残酷な事実が明らかになってくる。人間の温もりが消えた「絶対零度」の復讐。

「華燭」――。同じ日に同じホテルの同フロアで華燭の典に臨む二人の花嫁が、片や直前で逃亡、片や花婿側に元カノが駆け込んで大混乱、破談となる。親の代からの確執、因果応報を思わせながら、思いもよらぬ謎が明かされていく。

「昨日がなければ明日もない」――。親兄弟・家族にも周りにも迷惑をかけ続ける今はシングルマザーの朽田美姫。16歳で長女・漣を産み、別の男性との間に6歳の長男・竜聖がいる。竜聖が事故に遭い、杉村は美姫から「子供の命がかかっている」との相談を受けるが・・・・・・。

今の社会の日常――こじれにこじれた人間関係から生ずる事件を描き切る力は見事だ。


GHQ.jpg日本国憲法の制定過程――。吉田茂の「回想十年」をはじめ、政治家・学者や白洲次郎など多くの発言があるが、GHQと直接やり合った内閣法制局の佐藤達夫を主人公とした物語。GHQの圧力のなか、日本人がいかに煩悶し戦ったかが、生々しく描かれる。

昭和20年8月14日、ポツダム宣言受諾、15日敗戦、10月27日に松本烝治国務大臣の憲法問題調査委員会(松本委員会)発会合。21年2月1日、毎日新聞スクープ(宮沢俊義甲案)、2月3日マッカーサー三原則、2月13日GHQ案、2月26日佐藤達夫氏等GHQ草案に基づく憲法改正草案の作成に着手、三月二日案、3月6日憲法改正草案要綱の発表、4月10日衆議院総選挙、4月17日憲法改正草案、6月20日帝国憲法改正案を衆議院に提出、8月24日衆議院修正議決、10月6日貴族院修正議決、10月7日衆議院で回付案同意、10月29日枢密院可決、11月3日日本国憲法公布、22年5月3日日本国憲法施行。この間も壮絶な戦いだ。

極東委員会が本格的に動く前に進めようとするGHQ。GHQ民政局長ホイットニーの部下のケーディス大佐と連日やり合う佐藤達夫。幣原内閣で外務大臣を務め総理として憲法制定に取り組む吉田茂、その側近・白洲次郎、答弁を一手に引き受ける金森徳次郎・・・・・・。連日にわたっての激しい議論。「象徴天皇」「国体護持」「主権」「9条」「芦田修正」「シビリアン問題」「基本的人権」「貴族院と参議院」・・・・・・。GHQの影響下、短時間のなかで、激しい論議を突き切って作られた日本国憲法の制定過程のドラマが描かれる。「GHQはゴー・ホーム・クイックリー」と吉田がいう。


1493 コロンブスからはじまるグローバル社会.jpg米国人ジャーナリスト、チャールズ・C・マンの世界的ベストセラー「1493 世界を変えた大陸間の『交換』」を、児童文学者レベッカ・ステフォフが、コンパクトにわかりやすくリライトしたもの。訳もいい。

コロンブスが"新大陸"を発見(1492年)してヨーロッパに帰還した1493年から人とモノが行き交うグローバル化が開始された。長年隔絶されていた生態系と生態系が突然出会い、混ざり合った"コロンブス交換"。トウモロコシがアフリカに、サツマイモが東アジアに、ウマやリンゴがアメリカ大陸に渡り、多くの虫や植物、バクテリアやウイルスも交換された。タバコやゴムのインパクトは大きく、恐ろしいマラリアも大陸を渡った。人と人とが混ざり合い、アフリカ人奴隷がアフリカからアメリカ大陸へ大量に送られた。生態系と経済の激変は、従来の成功物語、発展物語ではない悲惨な現実を顕わにした。

現在につながる「コロンブス交換」の現実、グローバル化の現実を16、17世紀を中心にしてダイナミックに突きつける。


金栗四三  佐山和夫著  潮出版社.jpg「人生はマラソン」「マラソンが人生」――。金栗四三はまさに「走って走って走り抜いた」人だ。日本人として初めてオリンピックに参加した二人のうちの一人。1912年のストックホルム大会。クーベルタンが日本人選手の派遣を、高等師範学校校長の嘉納治五郎に要請、金栗はそこの学生であった。国家主義への傾斜に落胆していたクーベルタンが、スポーツによる平和と友愛の涵養をめざし、「和」の国・日本の参加を求めたという。

「消えたオリンピック走者」と副題にあるように、金栗は日本からスウェーデンに行くこと自体に悪条件が重なり、当日の暑さもあり、意識が朦朧となって26.7キロ地点で脱落する。ペトレ家に助けられたが、感動的なことは1967年、ストックホルムからオリンピック55周年行事への招待が金栗に寄せられたという。

1912年、帰国後の金栗はそれこそ走りに走った。箱根駅伝(2004年から最高殊勲賞として金栗四三杯が授与されている)、福岡国際マラソンなども金栗の奔走によるものだ。それ以上に、現在のマラソン、長距離走の発展の起爆力はまぎれもなく金栗四三だ。「道をつくった男」の偉大な人生を描く。


不意撃ち  辻原登著.jpg大変面白かった。不思議な感覚だった。きっとそれは、私が辻原登さんと同じ歳で、同時代を生き、かつ同級生たちも定年後の2周目の人生を模索していること等があるからだろう。「渡鹿野」「仮面」「いかなる因果にて」「Delusion」「月も隈なきは」の5つの短編。人生には予測不能な罠がある。理不尽な不意撃ちを食らうのが人生というものだろうと思う。

「月も隈なきは」――。定年になって、「街歩き」「邦画DVDを観る」「将棋道場」などを始めた男の頭に「1度でいいから"独り暮らし"をしてみたい」というかねてからの想いが持ち上がってくる。そして昔、友人に起きた理不尽な事件などが次々と思い出される。「月も隈なきは嫌でそうろう」――月は翳りもなく照り輝いているのがいい、とは限らない(徒然草)。これらの事件を今思うと"運命の悪意による不意打ち"を食らったのではないか、と男は思う。そして彼は「『なるようにしかならない』とどこかで思い定めたに違いない」等思いをめぐらす。「限界の無いアナーキーな自由さ加減が"不自由"だと受け止めているのである」・・・・・・。「渡鹿野」――池袋の風俗嬢ルミが失踪し、そのドライバーだった男は彼女の過去を追うが、伊勢の不思議な島にたどりつく。「いかなる因果にて」――中学時代の友人が死ぬ。怨念をかかえ続けた男たちは、なぜ今になって行動にでたのか。そして怨念の根源となった者は、どうなっているのか。5編ともいい。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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