知識中心、知識偏重の日本の教育と社会。「学校は、知識の伝授に多忙で、生活が大切であることを忘れたか、それを考えようとしてこなかった」「知識、情報のあふれる現代では、健康的生活習慣だけでは不充分である。・・・・・・よい知的生活習慣を身につければ精神的活力の源となって、人生を豊かにすることができる。知的生活習慣によって、人間は新しい人間になることができる」――。
日常の生活。「日記をつける」「仲間をつくる」「横になる」「声を出す」「朝、体を動かす」「風邪は万病のもと」「生活を大事にする」など、ごく普通の日常のなかでの「知的ひらめき」「なぜ、どうしてという問いかけ」がいかに人生を豊かにするかを語りかける。「たいていの人間は、毎日、雑然としたことをしている。ほうっておくと、編集のない雑誌のようになる。生活を編集すべきである。生活のエディターとして、整理を加えれば、人生は充実したものになる」「知識は貴重である。ただ、生のままでは、思考を封じるおそれがある。思考にとって役立つ知識は、善玉忘却をくぐってきたものである」「おしゃべりの仲間をもつ。おしゃべりクラブをつくる」「自分の生活を知的にする。そして知的なものを生活化する。さらに、知と生活の融合をさせられれば、人間としての価値は大きく高まる」「ここまでのべてきたことは、多くこの知的生活の発見、生活的知性の覚醒ということに収斂していくように考える」・・・・・・。