鳥居の密室.jpg珍百景にもあげられる京都錦小路の錦天満宮の鳥居。参道の両脇ギリギリにビルが建てられ、なんと鳥居の両端がビルにめり込んでいる。その鳥居が刺さる建物で密室殺人事件が起きる。

時は東京オリンピックが終わった39年の暮れ、クリスマスの朝。鳥居脇の1階で半井肇の妻・澄子が絞殺され、肇は早朝、京阪電鉄の始発に飛び込み自殺をする。鳥居がめり込んでいる2階には8歳の娘・楓が寝ており、枕元にはサンタクロースからの贈り物が置いてあった。夢にまでみた初めてのサンタからの贈り物と両親の死の悪夢。楓をとても可愛がってくれていた父の鋳物工場で働いていた国松信二が殺人犯として逮捕された。しかし、完全な密室。2階にはクレセント錠、1階にはスクリュー錠がしっかりかかっていた。誰も入れないはずの完全な密室に、サンタクロースと殺人犯、天使と悪魔が入ってきたというわけだ。

この謎に登場する御手洗潔。事件周辺に、不眠に悩まされたり、小さな物が朝動いているという不思議な現象が起きていることを知り、物体の「固有振動」と「共振」現象にたどりつく。私が京大土木工学科で、卒論・修論で取り上げた振動論だ。これが出てくるとは思わなかった。このミステリーは単なるトリックの謎解きでは終わらない。逮捕された国松の生い立ちと人生、楓の両親や育ての親、そして国松への思いなど、まさに人間ドラマが交錯する。「科学と人間」がミステリーのなかで包み込まれる感動傑作。


江戸おんな絵姿十二景.jpg「私がはじめて時代小説を書こうと思いたった時、北斎や広重の絵がひとつの入口になった。浮世絵には無限の創造力をかきたてる世界が隠されている。その中から12の場面をえらんで小説をつけてみることにした」という。喜多川歌麿、鈴木春信、鳥居清長、礒田湖龍斎、月岡芳年、歌川国貞、鳥文斎栄之、歌川豊国らの浮世絵が、読後に、より豊かに立ち上がってくる。

主人公はいずれも女性。江戸の町の喜怒哀楽、夫婦の機微、女性のかすかな喜びと不安と安堵感等が、静謐のなか描かれる。

味わい深い。


山崎正和の遺言.jpg「潮」の「令和に生きる日本人へ。」の中で、混迷の時代を生きる日本人に向けて、山崎正和さんは三つの遺言「過去と歴史の教訓から真摯に学ぶ(目の前のことで騒ぐのではなく、大きな歴史的文脈の中で考える)」「社交の技術」「読書の大切さ(時空を超えた社交そのもの)」を遺しているという。「鴎外 闘う家長」以来、日本の「知」を牽引し、「サントリー文化財団」を舞台に「知のサロン」を創造し、劇作家を文字通り演出してきた山崎正和さん。本書は山崎さんの思想と行動の骨格をくっきりと浮かび上がらせている。何度も事あるごとに話を聞きにおうかがいし、また著作もかなり読んできた私にとって、あの時、この時の言葉の意味がより鮮明になった。「山崎さんは、多くの人に大きな知的刺激と幸せの余韻を残して旅立たれた」と片山修さんは結ぶが、本当にそうだ。

「佐治敬三のDNA(彼は儲かるかどうかより、『おもろい』かどうかという感覚、感性を大事にした。経済的な損得よりも文化的な価値があるかどうかを判断基準)」「脱工業社会、モーレツからビューティフルの1970年代。山崎さんは人びとが時間を消費し、『社交』を楽しむようになるとして、ハードな組織集団から柔らかな集団に帰属する『柔らかい個人主義』の誕生を上梓した。消費は自己発見であり、社交の一環であり、文化そのものであり、知的な活動だ」「山崎は文化財団という戯曲の作者であると同時に、プロデューサー兼演出家でもあった」「私は根本的に文壇嫌いで小林秀雄という人について、非常に違和感があった。ああいうことはやるまいと。江藤淳は小林秀雄の跡継ぎになりますね。・・・・・・学芸賞において山崎はタコつぼを破壊し、国際性や学際性を重視して真のインターディシプリナリを復活させようとした」「論文に求められる『芸』――部分でなく全体でとらえる眼差し、一般の人たちの素朴な疑問や常識的な感覚からものを見ているかどうかを選考の重要なポイントとした。学術賞でなく、あくまで学芸賞とした(劇作家)」「地域文化賞――『文化』と言っているのは、言ってみたら『遊び』のこと、奇想天外で独創性がある(研究するのではなく、自らプレイヤーとして地域に参加する)」「学派、学党の集まる研究会でなく、日本の知的社会の構造改革、文化財団の『知のサロン化』、対話と論争の『場』、『社交』だ」「組織社会から社交社会へ――人間は社会的動物であるよりも、むしろ社交的動物だ」「『リズムの哲学』を考える――人生のリズム、孤独死と近代的自我」・・・・・・。

国家を支えるのは、文化である――戦後日本の成熟を信じた『知』の肖像」と帯にあるが、「ものを考え、それを文章にすることを生業にしてきました」と言う山崎正和さんの人格が迫ってくる。


変貌する未来.jpg「世界企業14社の次期戦略」が副題。難しい論理や経営戦略、AI・IoT・DX、EVの現況を解説している訳ではない。創業者、CEO、中心人物のもつ桁はずれの意欲、人となりに照準をあてる。感ずるのは、いずれのトップ企業のCEO達も、きわめて自然体で意欲的、明晰で、前向き、積極的であるということだ。そして今なお、失敗・危機に直面しながら挑戦し続けているということだ。

取り上げているのは14社――。「フェイスブック――ザッカーバーグCEO『5年後のロードマップ』(フェイスブックの使命は"人と人とを近づける"テクノロジー)(ARは未来の携帯、VRは未来のテレビ)」「グーグル――ピチャイCEO『アルファベットグループの未来』(グーグル叩き、増える一方の法規制の脅威から会社を守る)」「アマゾン――創業者ジェフ・ベゾス後の帝国(アマゾンの独占疑惑、利益の大部分をたたき出しているジャシー氏率いるAWS)」「マイクロソフト――ナデラCEO『パンデミックと新しいテクノロジー』(ビルゲイツ創業から三代目、終焉と思ったがクラウドとAIで快進撃)(スモールAIのインパクト)」「アップル――クックCEO『プライバシーの侵害と温暖化が21世紀の脅威』(プライバシー保護に本気で取り組んでいる)」・・・・・・。

「スペースX――イーロン・マスク『初有人飛行成功までの苦難』(まだ50歳で電気自動車ベンチャーテスラのCEOも務める)(ツィッター上の傍若無人は、実存的な一匹狼だった)」「ネットフリックス――『人々を自宅に釘付けにした男・ヘイスティングス』(虚構と芝居がかった行為を嫌う控えめな男)(パフォーマンスが悪ければ解雇)」「ショッピファイ――『アマゾンの対抗馬として注目されるカナダの企業』(アマゾンは"顧客第一主義"、ショッピファイは "出店第一主義")」「リヴィアン――次のテスラを担う電気自動車メーカー(2009年創業のスタートアップ)(イーロン・マスクとは真逆の慎重・確実なスカレンジCEO)」「ビオンテック――ドイツのスタートアップ企業ビオンテックが新型コロナワクチンを開発した(がん治療の免疫療法を開発したかったサヒンとトゥレシ夫妻)」・・・・・・。

「トタル――パトリック・ブイヤネCEOが読むコロナ後の西欧と中国(気候変動はテクノロジーが解決する)」「パランティア――正義か悪か、世界が注目するピーター・ティールが2003年に立ち上げたデータ分析企業(セキュリティとプライバシー)」「TSMC――世界の受託生産半導体チップ市場の半分以上を支配(製造拠点が台湾にあるメリット)」「アリババ――"独身の日"を作ったダニエル・チャンCEOの拡大戦略(ジャック・マーを引き継いだ無名の後継者)」「シリコンバレー――クリーンテック2.0というルネッサンス(太陽光発電で急伸した中国によって、シリコンバレーの失敗がもたらした教訓)(脱炭素化は一歩通行の道)」・・・・・・。

世界の未来が見えてくる。格闘と挑戦のリーダー。


老いる意味.jpg森村誠一さん、88歳。「人間老いれば病気もするし、苦悩もする」――老人性うつ病と3年間闘ったという。定年退職のあと70歳、80歳となったときにようやくシニア世代となるが、「その時点で立っているのは、終着駅ではなく『第二の始発駅』である。そこまでに蓄えてきた経験や知識、交友関係や経済力、あるいは病歴や孤独など、良くも悪くもいろいろなものをかかえて新たな旅に出かけることになる」「旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る――俳聖芭蕉は死の4日前、病床でこの句を詠んだ。・・・・・・病が重く、命の火が尽きようとしていても、芭蕉は夢を追い続けていたわけである。私もまた、そのようにありたい」と語る。老人性うつ病との苦闘など老いの中で葛藤する森村さんの心中が赤裸々に吐露され、一日一日、どのように考え、誠実・真剣に生き、格闘してきたかが語られる。

「私の老人性うつ病・認知症との闘い(忘れないように新聞折込の裏でも言葉や単語を書き続けた)(言葉を取り戻せている。食欲も旺盛だ。まだまだ頑張っているじゃないか)」「老人は余生に寄り添う(人生は"仕込みの時代""現役時代""第三期の老後・余生"に分けられる)(老後・余生は"ご褒美"のようなもの。できる限り、余生に寄り添っていきたい)(人生の第三期ともなれば、人の言いなりになっているのではなく、自分はどうしたらいいのかに忠実に生きればいい)」「老人は死に寄り添う(男は妻に依存している。なんでも自分でやれるようにしておき、友人たちとの交流を絶やさない)(80代になれば身辺整理)(歳を重ねると仲間たちが去っていく)」「老人は健康に寄り添う(散歩コースに医院を入れよ)(予定がなくなったときのスケジュール表、スケジュールに何か入れる)(楽しみながらボケ防止)(人との交流は趣味の仲間、若者や異性など幅を広げたほうがいい)」「老人は、明日に向かって夢を見る(第二のスタートは人生をリセットするチャンス)(出会いを大切に――人、文化、場所との出会い)(男はいくつになっても"武装"していたい。キリっと格好良く、緊張感のあるお洒落を)(純粋に楽しむ読書を)(誰かの役に立つことは心の筋肉を動かす)(積極的に社会参加を)」・・・・・・。

「身体が老いても心は老いてしまうわけではない。自然体で病にも悩みにも寄り添う。人間はいくつになっても新しいことを始められる。少しだけの勇気があれば、夢は必ず叶う」と、自分自身の実際に行ってきたことを踏まえて淡々と語る。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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