「加齢で得るもの、失うもの」が副題。増本さんは、認知症や記憶障害、加齢と記憶に関する研究、高齢者心理学・認知心理学の専門家。高齢期はさまざまな喪失の期間、しかも寿命と健康寿命の差は約10年、どうこの10年間を悔いなく過ごすかが人生にとってきわめて重要。確かに加齢によって記憶は衰えるが、そのメカニズムはもっと複雑だ。
「加齢によって脳全体に均質に変化がみられるわけではない。前頭前野の体積が加齢とともに最も萎縮し、次いで海馬を含む側頭葉、頭頂葉、後頭葉の順に萎縮がみられる」「経験した記憶、思い出はエピソード記憶と呼ばれるが、10代から20代にかけて経験した出来事を多く思い出す(5年以内のエピソード記憶は加齢によって低下する)」「記憶は、経験を情報として頭に入力(符号化)、それを保持(貯蔵)、必要な情報を思い出す(検索)、の3つのプロセスを経るが、加齢による萎縮が顕著な前頭前野が、符号化と検索を担っている」「鍵やメガネを置いた場所を忘れるのは符号化、名前が出てこないのは検索の問題」「思い出せない部分はストーリーで補う。経験した事実と異なる記憶(虚偽記憶)が高齢期には増加する」「知識の記憶は意味記憶という。知恵にも通ずる意味記憶は加齢による低下がみられない。知識は知恵の基盤となる(一を聞いて十を知る)」「興味は記憶を促進する。感情は扁桃体が働くことで喚起される」――。記憶の持つ意味と構造が解説される。
そして認知症。なるかならないのか、どうコントロールできるのか。修正可能な認知症リスクが示される。「若年期の教育が認知の予備力を獲得する(低い教育レベルだと8%のリスク)」「中年期の難聴(9%)、高血圧(2%)、肥満(1%)で12%のリスク」「高齢期の喫煙(5%)、うつ(4%)、運動不足(3%)、社会との接触の低さ(2%)、糖尿病(1%)で15%のリスク」という。そして個人で修正できない要因が65%ということは、「認知症の予防だけでなく、認知症になってもQOL(生活の質)をどうすれば維持でき、介護の問題を克服できるか、社会全体で考える必要がある」という。
そして「幸福感を得るための脳機能は衰えにくい」「ポジティビティ・エフェクト」「感情のコントロールは人生をかけて上達する」「老いを受容し、年老いても成長し続けるためのやる気と努力」等を示す。