honuru.jpg江戸時代、学術書を行商して歩く本屋「松月平助」が、村と村が発展した在郷町の住人たちとの接触で得た感動的な物語。生き生きとした暮らしや人情、見識ある人間が、じっくりと描き出される。青山文平さんらしい熟練の境地がとても良い。

「私は本屋だ。本屋は本屋でも物之本の本屋で、漢籍や仏書、歌楽書、国学書といった学術周りの書物を届ける。とはいえ、医書に取り組んでからは、まだ日が浅く、城下の医者と十分に顔がつながっているとは言えない」という状況だが、書物好きが昂じて一念発起して本屋となっただけに、かなりの見識と情熱を持っている。1800年頃までの日本の書物は極めて貴重。丁寧に意欲を持って集めている。そして「開版」という夢を持つ。武家が困窮している時代――。得意先は、名主・庄屋、豪農など地付きの名士だ。イタリアの「モンテレッジォ」の本を担いで旅に出る本屋を思い出す。

連作3篇となっている。「本売る日々」――。得意先の小曽根村の名主・惣兵衛が71歳で17歳の後添いをもらったびっくりするような話。「今の惣兵衛さんには本に使う財布の持ち合わせは無いかもしれませんよ」といわれるが、そうではない。本も買うが、欲しがるものを何度も買い与えているというのだ。そして、持ち込んだ本がなくなっていた

「鬼に喰われた女」――。杉瀬村の名主・藤助が語る八百比丘尼伝説のような女の話。和歌を通じて惹かれ合い、結婚寸前までいきながら、男は武家の娘を選ぶ。女は何年、何十年たっても歳をとらない。そして"復讐"を遂げる。しかし女の本当の心の中は

「初めての開版」――。弟の娘の矢恵は喘病で苦しんでいたが、西島晴順という医者にかかって好転する。西島には良い噂もあれば悪い噂も。この土地で最も頼りになる医者は、城下の町医ではなく、近在の小曽根村の村医者・佐野淇一。名主の惣兵衛に聞くと、「世襲医の中でぴかいちなのが淇一先生。小曽根村の誇り」と言う。会うと、感嘆するほどの人物。この佐野淇一と西島には隠された出会いがあったのだった。この結末は「秘伝」なるものを公に分つことも含めてすばらしい。

江戸時代が武士の時代であった事は、紛れもない事実だが、庶民の中、村の中に、本を愛し、知識を欲し、人格を磨いた重厚感のある人物がいたことを描き出している。江戸の町や村には、そうした豊かさが着々と築かれていたことがよくわかる。心に染みいる素晴らしい作品。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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