路上シンガーのキリエは、歌うことでしか声を出すことができない。ある夜、過去と名前を捨てたイッコはその歌声に驚きマネージャーを買って出る。実は彼女は、帯広の高校で1年上の先輩であった。そして二人と数奇な絆で結ばれた塩見夏彦。夏彦はキリエの姉と恋人同士。3·11東日本大震災の津波で行方不明となってしまっていた。
キリエも夏彦も、3·11で姉、恋人それぞれを失って心に大きな空洞を抱え込み、人生は決定的に狂う。
それから13年の間に、3人の運命は幾たびか交差し、互いを懸命に支え合い、また離れたりする。石巻、大阪、帯広、そして東京。いつも通常の社会から孤立していながらも、生き抜こうとする3人。心にしみ入るものがある。言葉を失っているからこそ、全てを注ぎ込んだ異次元の歌声は、人々の心の奥底を乱打する。
3.11 は今も消すことのできない傷跡を残している。その心の奥底に迫るのは、人間の始原的同苦の情。音楽や映画によってしか表現できないのかもしれない。本書は、映画「キリエのうた」の脚本・監督の岩井俊二さんの原作。