佐野洋さん(1928~2013年)の作家活動は55年、実にその間の短篇の総数は1200篇に及ぶ。そのなかで、「見習い天使」もの17篇と「見習い天使補遺」6篇の23篇を名作短篇集の完全版として復刊。よくぞここまで、鮮やかで、ユーモラスで、人間世界の小ずるさ、欲や業を描くかと、ついクスっと笑ってしまうショート・ミステリ。
「意表をつくアイデア」「日常に溢れる夫婦や会社での感情のズレ」「小市民の抱く小欲・小願望」「人間につきまとう先入観の陥穽」「相次ぐどんでん返し」「鮮やかなオチの切れ味」「文章にしないで、読者に思考の時空を与える絶妙さ」・・・・・・。見事というほかない。
「三丁目の夕日」よりもちょっと後、昭和30年代の後半に差し掛かる頃の風景が目に浮かぶ。「楽しいテレビ」「いっぱいになっている駅の待合室」「おしゃべり好きなB ・ G」「スリにやられた手取り13万2千円ボーナス」「専業主婦が観る"よろめきドラマ"」「ピースと新生」「交通事故死の多さ」「浮気、誘惑、嫉妬――家族の縛りの強さ」「初めて見る10万円の札束」・・・・・・。もう死語となったものばかりだ。しかし懐かしい。
「誘拐犯人(人間の裏の裏まで作り上げている)」「モデル・ガン殺人事件(推理小説作家及ばぬ悪知恵の発達した人間というもの)」「最初の嫉妬(妻の嫉妬を見たかった夫)」「女の条件(使い込みをした男の寝言)」「大きな獲物(うまく仕掛けたつもりでやられた刑事)」「ご報参上(東京弁解コンサルタントを使った夫と妻)」「始めと終り(部長夫人とスリの名人)」――。いずれもどんでん返しに次ぐどんでん返し。鮮やかというほかない。