鏡の中のアメリカ.jpg「分断社会に映る日本の自画像」が副題。2019年8月から1か月強、先崎さんはアメリカに滞在する。サンフランシスコからワシントンDCに飛び、帰りは東海岸から西海岸までぶっ通しで大陸横断鉄道に乗っての旅。明治維新時の岩倉使節団、そして昭和の敗戦とその後、先人はアメリカに何を見ていたのか。そして今の分断社会アメリカ・・・・・・。この150年、アメリカ文明を追い、今、価値を共有してきたかのようなアメリカ自体が、"分断国家"としての苦闇も抱え変質している。憧憬と翻弄のアンビバレンツの日米を今、「僕という鏡に映ったアメリカ」として描く。ヘレン・ミアーズの「アメリカの鏡・日本」を思いつつ、より長期の150年の日米を、そして日本と日本人を考える。

「翻弄され続けた150年」は事実だが、「ズレ」「きしみ」が自覚されているかといえば、人によってその濃淡は著しい。岩倉使節団――驚きは同居しても伊藤博文・森有礼の楽観的に見える「開国」と、久米邦武が描く「開国」とは全く異なり、久米は「壁」を実感する。久米の「米欧回覧実記」も、福澤諭吉の「文明論之概略」「西洋事情」も政治制度から生活・食事マナーに至るまで「具体的」だ。そしてその一つ一つに、固有の国家形成への歩みの違いを感じたのだ。1900年前後の西欧文明受容のなかに「日本人とは何か」を突き詰めて考え、世界に発信した内村鑑三、新渡戸稲造、岡倉天心、牧口常三郎・・・・・・。そして本書に出てくる戦後の昭和30年代の江藤淳「アメリカと私」や山崎正和「このアメリカ」・・・・・・。「つかの間の秩序維持こそが『大人』の仕事であり、常にマイナスをゼロに戻すこと、自分以外の存在が気づかずに歩いて通る道を舗装しているような作業を黙って続けることこそ、保守の定義である」という。

日米の「国家」に対する考え方も大いに異なる。「戦争」「敗北」から国家を嫌悪する傾向にある日本。あらゆる人種を受け入れ、「分裂するアイデンティティを唯一のアイデンティティとする人工性の高い国・アメリカ」「星条旗による移民族と広い国土の統合・アメリカ」とは全く違う。そのアメリカが今、移民を拒み、分断され、自己否定に陥り、自分で自分を壊す方向に進んでいる。先崎さんはかつて「分断社会と道徳の必要性」のシンポジウムで日本代表として発言する。「フィッテインジャー氏は、人間は家族、国家、そして教会に所属してこそ幸福を得られることを強調した。現代社会がここまで分断と孤立化を深めたのは、僕らが自由を"個人の選択できる権利"だと勘違いしたことにあるといっている。終始、国家、教会への所属を自分の好みの問題、共同体への所属は出入り自由だと考えてきたのが、僕らの時代である」という。「なぜ、疲弊するアメリカの真似をこれ以上日本はするのだ」と、ドック教授との対話のなかで考える。

「アメリカも日本も今、独自の文化を自分自身で失いかけている」「グローバル化は日本人から独自の文化である、寛容や忍耐を奪ってきたことに気付く」「欧米が常に最先端であり、正解を用意してくれる国家ではない。そこに疑問を感じ、自己とは何かを問う思想家になるか否か」・・・・・・。物乞いがいて、貧困と格差、銃撃戦が日常的にあり、その一方でGAFAが世界をリードするアメリカ。12.8と12.7と開戦がズレる日本とアメリカ。短期のアメリカの旅のなかで先崎さんの問いは根源的で重い。


野良犬の値段.jpgまことに不思議な誘拐事件が起きた。誘拐され人質になったのは会社の社長でもなければ金持ちの息子でも娘でもない。なんとホームレス。それも6人も揃ってだ。電話での脅迫ではなく、「誘拐サイト」を立ち上げて。しかもその相手は、名だたるメディア4社。

当初は、たんなるイタズラ、愉快犯の仕業と思われた。しかし、要求を飲まない場合は「人質を殺す」と脅し、その通り、渋谷に一人の人質の"首"が晒される。世論は緊張の度を増し、ツイート数は急増する。そして、2人目の殺人が続き、名指しされたメディア、警察は翻弄される。ネットを中心とした世論も、誘拐犯やメディアの印象操作、心理戦によって揺さぶられ変化していく。"潮目"の見きわめ――現代ネット社会の危うさ、脆弱性が、このネットを通じての"劇場型"誘拐事件として鮮烈に描かれる。犯人はいったい何を狙っているのか。

皮肉や風刺もエッジがきいている。正義を装う"偽善的論調"、ネット社会の暴走と脆弱性、キャッチフレーズ社会の浅薄さ・・・・・・。弱者に追い打ちをかける現代格差社会の矛盾と怒りが、"ホームレス"を題材として問題提起される。"野良犬の値段"だ。すでに始まっている新たなネット社会の負の断面を鮮やかに描いた傑作。


大阪のお母さん 浪花千栄子の生涯.jpg"大阪のお母さん"として愛され続けた浪花千栄子の波瀾万丈、辛抱、負けじ魂、好奇心の固まり、芸の道で天外を踏み越える、今日の日を体当たりでやってきたから今がある、仕事のためならムチ打ってでも頑張る――そうした次々に押し寄せる試練をくぐり抜ける人生を描く。今のNHKの朝ドラ。凄まじい。

明治40年、これでもかというほどの極貧の家庭に生まれ育った南口キクノは、5歳で母を亡くす。キクノは朝4時に起きて食事の用意、弟の世話や鶏の世話、掃除に洗濯。学校にも行けない。再婚した父親は女と蒸発、丁稚奉公に出される。「今日から、おちょやんと呼ばれたら、大きな声で返事するんやで」「浪花料理の下働きが2年と持たないことは周知の事実。キクノが8年間勤めたことは前代未聞だった」「親の束縛を断ち切るのは今や。19歳のキクノは京都に出る」「あんたも女優にならへんか。浪花千栄子の誕生」「昭和3年9月、道頓堀角座で松竹家庭劇(座長・曽我廼家十吾、渋谷一雄)スタート。千栄子は松竹系の劇団を移動しながら女優修業」「昭和4年、一雄は2代目渋谷天外襲名。千栄子は正式に松竹家庭劇配属」「天外と結婚、舞台では代役の日々」「終戦。天外、松竹家庭劇を飛び出す」「昭和21年、天外『劇団すいと・ほーむ』旗揚げ、千栄子38歳、18歳の藤山寛美加わる」「昭和23年夏、五郎劇と家庭劇と天外が合併、松竹新喜劇誕生」「天外の裏切りで離婚、桂川の川べりで死を考える。しかし、なんでうちが死ななあかんねん。仕返ししたる。後悔させたる。あんたがひれ伏すまでうちはやったる。負けへんで」「NHKが花菱アチャコの相手役に指名。大阪弁が達者でアドリブにも臨機応変に対応できる人は浪花さんしかいない。昭和27年1月から『アチャコ青春手帖』に出演し大ヒット。映画界からも声」「昭和28年、溝口健二監督から声がかかり、舞台から映画へ」「千栄子の夢・嵐山に家を建てる(昭和31年)。もの心ついたころから、千栄子には安心して過ごせる家などなかった」「ラジオドラマを映画化した『お父さんはお人好し』シリーズを含め、千栄子は生涯200本以上の映画に出演」「テレビの全盛期となりテレビ出演に大忙しの身となる」・・・・・・。

「舞台の世界は、食うか食われるかの戦場と言うけど、その戦場で、自分らのお芝居が勝つためには、いかに和を作れるかっちゅことや。うちにしてみれば、いかに、そんなええお母ちゃんになれるかにかかってくるねん」と言ったという。昭和48年、泥水の中に生まれ生き抜き、大輪の花を咲かせて、66歳で逝去。


日本経済の再構築.jpg日本を襲う問題の本質は、深刻化する財政再建は前提だが、「人口減少・少子高齢化」「低成長」「貧困化」であり、この3つにどう立ち向かうか。そのためにも、日本の経済システムをどう再構築するか。本書はこの大きな難問に対し、総合的に実態の数値を分析して、改革案の「たたき台」を示している。コロナ直前の著作だが、コロナ禍で、日本経済やデジタル化や財政の弱点がより鮮明になったと観れば、「日本経済システムの再構築」に今こそダッシュする必要がある。小黒さんの壮大な挑戦的提案に敬意を表したい。現在のシステム崩壊が顕在化し始めるのは、2025年(団塊の世代が75歳以上、維新から約160年、日露戦争から120年、終戦から80年、プラザ合意から40年)という年と観る。

第1章「人口減少、低成長、そして貧困化」では、この3つの難問の現状と課題を述べる。「静かな有事の人口減少」「急増する貧困高齢者」「日本の生活保護は効率化の余地がある」という。第2章「財政」では、「厳しい財政の姿」「増加の原因は社会保障費の増加と国債費の増加」「国債償還額が税収を上回るのは日本だけ」「低金利ボーナスは終わる」等を語る。第3章「日本銀行と政府の関係」では、日銀の異次元の金融政策で、長期金利を低水準に抑えており、約1000兆円もの政府債務の利払い費を約10兆円に抑制しているが、"綱渡り""地銀への影響""金融政策の出口と限界"等の脆弱性を語る。"打出の小槌""痛みの伴わない財政再建"の魔法はないという。

第4章は「年金」――人口減少・少子高齢化のなか給付削減が必要となるが、低年金・無年金・貧困高齢者急増問題がある。現役世代に過重負担を強いて、所得代替率にもムリが生ずる賦課方式をやめる。「積立方式への移行は不可能ではない」と、概要を示す。第5章の「医療」では、「疾病ごとに自己負担の割合を操作する」「給付範囲の哲学の見直し」「自己負担を増やして給付を減らす」「後期高齢者医療制度においても、年金のマクロ経済スライドなどの自動調整メカニズムを入れる」など、全体の総額抑制への"小黒案"を示す。「自己負担は診療報酬に比例するため、診療報酬を抑制しても75歳以上の自己負担(窓口負担)が基本的に増加することはない」という。第6章の「国と地方の関係」では、"道州制"への移行を前提としている。「財政」中心の考え方自体ではここは把え切れない問題だと私は思う。第7章は「成長戦略と格差是正」――「データ金融革命こそが成長の起爆剤」「米中貿易戦争のなかで日本はどう生き抜くか」「日本発の『情報銀行』構想と情報利用権」「データ証券化構想」「生産性向上と教育=所得連動型ローン」など、生産性向上、成長戦略へのフィールドを大胆に広げる。

それらを遂行するために、第8章で「社会保障の新しい哲学」として、3つの哲学「リスク分散機能と再分配機能を切り分ける(保険はリスク分散、税は再分配だが、公費が区別なく投入されており、公費は本当に困っている人々に集中的に配分する)。その上で真の困窮者に対する再分配を強化し、改革を脱政治化する」「透明かつ簡素なデジタル政府を構築し、確実な給付と負担の公平性を実現する」「民と官が互いに『公共』を創る」を提案している。社会保障改革やデジタル政府、公設寄付市場などの提案は、しっかりした哲学の共有なくして前には進めないというわけだ。第9章は「残された課題――財政再建と選挙制度」にふれている。

実態を数値的に分析して、包括的かつ大胆、挑戦的な提案。それだけ日本の危機が迫っているということだ。


八月の銀の雪.jpg喧騒の文明社会に翻弄される人々。しかし、疲弊し摩滅しがちな日常のなかで、人との出会い、地球や自然への回帰によって自らを取り戻す時が必ずある。数学・物理学は「宇宙とは、世界とは何か」を追求する学問だと思うが、本書は人と地球・自然との邂逅のなかで新たな人間へと開示悟入し、蘇生していく様を、きわめて自然に描いていく。5つの短篇。

「八月の銀の雪」では、就活に連敗、人間の誇りも希望もズタズタにされた理系大学生の堀川が、何をやっても失敗続きのコンビニ店員でベトナム人・グエン(実は地球と地震を研究する大学院生)に会って自らに目覚める。「人間の中身も、層構造のようなものだ。地球と同じように・・・・・・奥深くにどんなものを抱えているか」「深く知れば知るほど、その人間の別の層が見えてくるのは、当たり前のこと」「地球の中心に積もる、鉄の雪――。僕も、耳を澄ませよう・・・・・・その人の奥深いところで、何か静かに降り積もる音が、聴き取れるぐらいに」――。重層的で芯が通った素晴らしい作品。

「海へ還る日」――離婚して1人で幼な子・果穂を育てている女性・野村。ふとしたことで出会った宮下という女性に上野の「海の哺乳類展」クジラを紹介される。「クジラたちは我々人間よりもずっと長く、深く、考えごとをしている」「わたしの意識は、海へと潜っていった。暗く、冷たく、静かな深い海に」・・・・・・。「アルノーと檸檬」――報道用伝書バトとして訓練されたアルノー19号はなぜ303号室に迷い込んで居ついたか。「玻璃を拾う」――珪藻を並べてデザインや絵にする「珪藻アート」。「人間には絶対に生み出せない玻璃の芸術品を僕はただ拾い集めているだけ」という野中。瞳子と奈津は、その微妙な世界を知る。「十万年の西風」――原発の下請け会社を辞めて、一人旅をしていた辰朗は、茨城の海岸で凧揚げをする初老の男に出会う。「ここに来たときは、必ず凧を揚げるんです。父に見せてやりたくてね」というが、父親は第二次世界大戦時、その地で「気球」による「風船爆弾」をつくり、打ち揚げに失敗して爆死したという。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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