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「天国はいらない、ふるさとがほしい」――。ロシアの共産主義革命に批判的だった詩人・エセーニンの詩の一節だ。チェルノブイリの原発事故で汚染されてしまったナージャ村で、村を離れずに生き続けた農夫が、このエセーニンの詩を暗唱したという。


本著は松本健一さんの講演集だが、背景には東日本大震災がある。そして当然、近代、文明、歴史、日本再生、アジア、日中や日韓関係が語られ、確かなる視点、思想が示される。その核心は、パトリオティズムだ。「限界集落」「コメづくり(泥の文明と文化)」「国の自然を保全してもらうナショナル・トラストの担い手」「一所懸命のエートスをもつ民族」等を語る。


「人はパトリを失って生きていけるのか」「パトリオティズムこそ、私たちの長い歴史のなかでの人間の生き方だ」「各国ともネーション・ステート(近代の国民国家)をつくる方向で進んできたが、それはふるさと喪失のドラマでもあった。しかし若者の言語のなかにも、緑の多い風土に安らぎを感じる文化的遺伝子"ミーム"が刷り込まれている」――これからの日本の歩むべき道を根源的に示している。


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5月17日、栃木県宇都宮市に行き、「利根川水系連合・総合水防演習」に参加しました。


この訓練は、毎年梅雨の出水期に入る前に実施しており、今年で63回目。今回は、国土交通省のほか栃木県、宇都宮市の警察、消防団、自衛隊など27の関係機関や地域の団体、中学生など約1000名が参加し、見学者も含めると約2万人と大規模なものとなりました。


会場となったのは鬼怒川(下流で利根川と合流。利根川はもともと東京湾に流れていたが、江戸を洪水から守るため、徳川家康が命じて1600年代に太平洋側に注ぐように改修――「利根川の東遷」)の河川敷。


決壊しそうな堤防を守るための各種水防工法の実施、中学生も参加する土のうづくり、ヘリコプターや重機を使って川の中洲にとり残された人の救出など、さまざまな訓練が次々と展開されました。


豪雨災害は局地化、集中化、激甚化しており、いざというときは地域の力で地域を守り抜くことが大事です。「多くの見学者にも実感をもって防災に活かせる実践的な訓練ができた。出水期に向けて万全の体制をとっていきたい」と私は訓練後の会見で述べました。


成果の多い訓練ができました。

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5月16日、福島県いわき市のほうとく幼稚園の園児たちや保護者の方が国交大臣室を訪れ、懇談しました。


この幼稚園は東日本大震災で園庭の4分の3が崩れてしまいましたが、2012年の「緑の環境デザイン賞」国土交通大臣賞を受賞して、田んぼやビオトープなど緑豊かな園庭に作り変えました。この賞は、緑化のプランを提案し、優秀な作品にその実現に必要な費用を支援するもの。ほうとく幼稚園では受賞後1年をかけて、園児たちも参加して計画どおりの園庭を作りあげ、その報告を聞かせてもらいました。


プレゼントは新しく作った田んぼで収穫された貴重なお米。子供たちからは「僕たちが田植えをして、脱穀までやったんだよ」「おいしいお米の炊き方を教えてあげるよ」「カエルやトンボもいるよ」と、元気な声を次々に聞きました。


緑の中で土に触れて作物を自分で作ったり、自然を観察できるということは、非常に貴重な経験です。地域が主体となった緑化の取り組みをこれからもしっかり応援します。


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流通は経済のさまざまな面とつながっている。メーカー、問屋、小売業の関係が激変し、チャネルリーダーの地位を確保する戦場でもある。都市の形成、中心市街地の状況、人口減少・高齢社会の消費行動、ITの技術革新、海外との貿易や投資などの変化がただちに反映する激しい世界だ。


「"そうは問屋が卸さない"というが、最近は"そうは問屋に卸さない"という人もいる」「流通業の変化の縮図が問屋にある」「徹底した少品種多量で勝負するユニクロのビジネスモデル」「情報通信技術が流通業の変化の大きな原動力」「都市の変容と百貨店の反撃(百貨店の内外への商業集積)」「チャネルリーダーの小売店へのシフト(家電、化粧品、大衆薬など小売店の大型化)」「第1回ノーベル経済学賞のヤン・ティンバーゲンのグラビティモデル(引力)と二国間貿易」「アジアの中産階級の台頭で貿易は今後増える」「アジア市場の激化と銀座店によるブランド発信(ユニクロ等)」「観光客に日本ブランド(食、文化、商品)を発信せよ」・・・・・・。


アジアの需要を内需ととらえる肺活量を――そう私は言ってきたが、伊藤先生は現場を踏まえた動体視力をもって、より専門的に分析・提案してくれている。「現場から見えてくる日本経済」が本書の副題だ。


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ドストエフスキーの巨大さ、偉大さは「人間とは何か」の問いに全精神力を傾注して、人間実存にひそむ深淵を明るみに出した点にある。「地下生活者の手記」「罪と罰」「悪霊」「カラマーゾフ兄弟」は、悪徳の跳梁する事件の人間心理の日常性をはるかに越え、人間の業、霊性の深奥の次元から人間実存の深刻な問題性を意識させる。「ロシア最大の形而上学者」(ベルジャーエフ)といわれるゆえんだ。

本書では、まず「人間学―社会主義社会の蟻塚と人間的自由」を示す。そこには「神と人間」の苦痛に満ちた問題が常にあり、当時ロシアを風靡する人間理性に基づく科学的、合理主義的ないし功利主義的世界観とそこにふくまれる人間観への批判がある。人間は非合理的存在であり、その主要な目的は、自分自身の恣意によって生きること、自由な意志にある。「功利主義者、実証主義者、科学的社会主義の理論家たち――ベンサムやコントやマルクスたちが提示する理想社会の青写真は眺めている場合にだけ美しいのであり・・・・・・"蟻塚"にすぎず、住まうのは人間ではなくて畜群」なのだという。

その自由探究の途は、背徳とニヒリズムへの"人神"に導くことを、キリーロフやラスコーリニコフ、イワン、カラマーゾフたちの悲劇の人物として描く。「神がなければ全ては許される」――神と最高善とに対する叛逆の途だ。イワンらの悲劇的運命を通して、バクーニンやシュティルナー的無神論の陥弄を暴露している。それは大審問官の「自由(天上のパン)と地上のパン」「人類愛が人間蔑視に堕すこと」「自由の重荷」「従順な畜群と全体主義的権力」に凝縮される。「神と人間」の問題だけではなく、無神論的社会主義、さらにはスターリンの独裁、ナチズムの心理構造としてのエーリッヒ・フロムの「自由からの逃走」へと連なるものだ。全体主義的民主主義の精神的弁証法を指摘したニーチェ、民衆にやさしく、ていねいで、人道的な全体主義的福祉国家が民衆を幼年のままにおく民主政治の危険性を指摘したトクヴィル――ドストエフスキーは早々と世俗的・自然的ヒューマニズムの陥る袋小路を摘発したのだ。「悪霊」の人神、キリーロフはニーチェの哲学を先取りしていることは明らかだ。

神を見失った現代人は、神なき世界のなかで、その空虚を満たすべく一時の思想や理論をあみ出し、また思考停止に日常を委ねている。本書は1968年に書かれた。哲学不在、問うことさえかき消された今日だが、昨年は、ニーチェが静かなるブームを呼んだという。その意味でも本書の意義は大きい。驚嘆すべき力作。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

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