keimousisou.jpg「政治・経済・生活を正気に戻すために」が副題。カナダのトロント大学哲学部教授のジョセフ・ヒースが2014年に発刊、2022年文庫版序文を加え新版としたもの。現代世界の問題を圧倒的力量で剔抉している。本書の中心をなすものは「合理性」。「政治における非合理主義の度合いが目立って増しているなか、本書が目指すのは、このぶざまな状況から抜け出すことである。有用で適度な、ポスト啓蒙思想の合理性の概念を構築することである」と言う。そして哲学、心理学、社会学、言語学、物理科学、認知科学、行動経済学などを駆使して、現代社会の迷妄を打ち破ろうとする。新たな理性観を構築しようとしている。圧倒的な知性と熱量に感心する。

「ぶざまな状況」「世界はおかしくなっている」「ゆえに今こそ正気を取り戻さなければならない」とヒースが言う。2014年の著作ということを考えれば、「格差と分断と移民」を背景とするトランプ現象、AI SNS ・チャットGPTなどの急進展、新型コロナ、ロシアのウクライナ侵略などの現在を考えれば、喧騒と謀略・フェイクとタイパ・コスパ志向、ポピュリズムに、政治・経済・生活の翻弄・漂流が更に加速していることは否めない。「正気を取り戻す必要が叫ばれている現代の西洋世界の根底には、爛熟した消費社会の問答無用の商業主義的論理から、悪しきポピュリズムに傾いた政治手法や、情報過多のグローバル環境に生きる個人の短絡化しがちな意思決定まで、理性を無視して直感に訴える、あるいは手っ取り早く勘や感情に付け入ろうとするアプローチが存在する。このため、合理的思考の上に成り立つ民主主義や市場経済といった近代社会の礎が揺らいでいる。こんな現状を打破するには、まさしくこの近代社会の土台を築いた『啓蒙思想』の再起動が必要だ。そしてこの18世紀の思想の根幹をなす理性の問い直しこそが『啓蒙思想2.0』の構想につながる」と訳者が紹介してるが、問題意識は鮮明だ。

「その道の達人の活躍を見るときは、いつも直感的並びに合理的な思考様式のスムーズな統合を見る。直感的思考と合理的思考のどちらも伴うハイブリッドな作業である」「理性は、言語に依存し、理性は普遍的な構造を有する。重要な問題は、直感にはできなくて、理性にできる事は何かということになる」「啓蒙思想1.0の支持者たちは、理性を純粋に個人的なもの、個々の人物の脳内で働くものとみなしたから、理性が正しく機能するのに必要な外部足場の多くをうっかり外すことになってしまった」「近代の保守主義は、こうした啓蒙思想の傲慢への反動として誕生した」「理性の弱点は時間がかかること、多大な努力を要すること、限定的な注意、[少ない]ワーキングメモリというボトルネック、あてにならない長期記憶が悩みの種だ」「啓蒙思想1.0の欠陥のおおよそは理性の限界の認識不足から生じており、エドマンド・バークに代表される保守主義の反動は、この点の修正に役立った」「直感は現在主義バイアスを抱えており、今すぐ起きることに関心を持ち、将来を思い浮かべることも考察することもできない。長期戦略と食い違う。せっかちで今すぐ得られる小さな利益を求め、延期を嫌う(今の対応、今のウケ)」「人は持論や信じたいと思うことを裏付ける証拠ばかりを探す確証バイアスがある(宗教などでも、陰謀論者、地球温暖化の懐疑論者)」「否定的要素を考える能力のなさと都合の悪い関係性を捨て去る人間ーー楽観バイアス、マイサイド・バイアス、フレーミング効果とアンカリング効果、損失回避、信念バイアス。勘で考えることが、いかに間違うかを知るべき」「理性と直感のバランスを取るべきと言うのは役に立たない。脳には得意なことと苦手なことがあり、それを踏まえるべきである」

「人の脳は論理機械ではない。人間の非合理さを利用する商品やクレジットカードの仕組み」「未来社会の粗野な商業主義は、知性全般の衰えの産物とされる」「政治の世界が勘の対決となり、政治キャンペーンや怪しい助言が溢れるようになるが、その正解における反合理主義という現在の風潮の追認にならないように、手を講じなければならない」「敵が非合理である時の戦いは、目には目を、あるいはひたすら相手をおちょくるコメディアン。右派のデマゴーグに左派のデマゴーグで対抗するのではなく、コメディアンで応ずるやり方」

最後に「正気の世界への小さな一歩」として「スロー・ポリティクス宣言」が提唱される。人間の理性の力に幻想を抱いてはならないが、理性に変わるものに対しても、同様に幻想を抱いてはならない。合理的な政治を可能にする社会状況を引き起こすには、何より集団行動が必要だ。こう指摘しつつ、「私たちはスピードのとりことなり、狡猾なウィルスに感染したように、私たちの慣習を破壊し、集中力を損ない、どんな些細な情報までも消費するよう強いる『ファストライフ』ウィルスに感染している。落ち着いた合理的熟慮を断固として守るしかない。その改善をもたらすため、制度的環境を整える集団行動が大事だ。いまや『ロー・ポリティクス』こそ、唯一の真に革新的な回答である」と言う。合理的熟慮を集団で行う「ロー・ポリティクス」だ。 

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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