2020年2月から2023年12月まで、文藝春秋の「新世界地政学」の連載。それに「地政学リテラシー七箇条」「地経学リテラシー七箇条」を新たに加えたもの。その間はコロナ危機、ロシアのウクライナ侵略、トランプからバイデン大統領、米中対立、安倍・菅・岸田内閣、経済安全保障法制化、ハマスとイスラエルの戦闘・・・・・・。まさに世界も日本も激動し、「国際秩序とルール・規範の崩壊によって地政学的危機と地経学的危機のマグマが共振しながら噴出する」状況にあった。「武力紛争を回避するためには地政学を学び、米中対立の時代を乗り切るためには地経学で考えなければならない」、そのためそのリテラシーを磨くことを提唱する。
安倍晋三元首相の死についても触れている。「米国の対外関与の弱まりと、米中の対立の中で、新たな勢力均衡と国際秩序のビジョンを追求し、それを形にした。ケント・カルダーの指摘したように、安倍はそれまでの日本の状況対応型外交を当事者意識を持った積極的外交へと切り替えた。その具体的な表れが、Quad、CPTPP、FOIP (自由で開かれたインド太平洋)である。そこにはアジア太平洋を中国の勢力圏にはしないという強い意思が脈打っていた」「保守派政治家としての安倍の冴えは、排他的ナショナリズムと、社会分断的なポピュリズムを押さえ込んだことであろう」「安倍晋三の死を徒死にさせてはならない。日本は、『国民安全保障国家』という『国の形』を構築するときである」と言っている(22・ 9月)。今もそうだ。
全体を5章にまとめている。「コロナ危機後の国際秩序崩壊」――コロナによる"非接触経済社会"、ワクチン・ナショナリズム、中台をめぐるワクチン"超限戦"・・・・・・。コロナ禍の3年を思い出す。
「ウクライナ戦争とユーラシア専制体制」――プーチンの誤算は、現場からの情報を吸収し適応することができない硬直的で改造的な指令構造・専制政治体制にある。 ASEANはグローバル・サウスか?
「米中対立と日本の生きる術」――米国衰退論の地政学(どの国も国力以上の外交力は 発揮できない=ケネディ大統領)、台湾に関する米国の戦略的曖昧性と戦略的明瞭性への転換の落とし穴、中国の「反動的攻勢」には「静かな抑止力」で立ち向かう知恵を(静かな抑止力の本質は、中国との戦略的コミュニケーションを維持し、リスク管理・危機管理を同時に実行して、二国間関係を安定させ、平和を維持すること)、トランプが再び出てきたら何が起きるかわからないが(トクヴィルは「米国の偉大さは、米国が他の国より開明的であることにあるというよりも、米国が自らの欠点を直す能力にある」と言っている)・・・・・・。
「インド・太平洋と日本の選択」――Quadは中国との中長期的な競争的共存戦略を進める上で大きな価値を持つ、日豪提携強化への期待は ASEANの中からも聞かれる、「日本外交のしたたかさ」とは何か?
「国力あっての防衛力、防衛力あっての国家(平和を保つ上で最も大切なことは、抑止力を維持・発展させることである。戦わないために常に戦える備えをしておくということである)」、おそらく今後国力を決する最大の戦略的分野は、高機能・低消費電力の計算能力であり、その計算基盤を支える次世代半導体であろう・・・・・・。また、ユーラシア専制枢軸に対する日欧連合の抑止力の重要性についても触れている。
「地経学の挑戦と経済安全保障」――「地経学の時代が到来した。地経学とは地政学的な目的のために、経済を手段として使うことに他ならない」、グローバル化とインターネットの登場によって今、デジタル空間において地経学的闘争が最も激しく行われている」、中国の「国潮」ナショナルリズム、「経済安全保障政策は国家安全保障政策の一環であるという覚悟が不可欠、求められているのはスマート経済安全保障、米中の先端半導体をめぐる"地政学的ディスタンシング"の焦点が台湾のTSMC、同盟国・同志国との真摯な政策協調なしに経済安全保障政策も産業政策もうまくいかない・・・・・・・。
「はじめに」の「地政学リテラシー七箇条」、「おわりに」の「地経学リテラシー七箇条」は、理念とリアリズムと歴史的経験の蓄積の中から精選された骨格が示されている。帯に出ている「平和維持には抑止力が必要」「統治の要は政治指導力」「日本は経済安保においては構造的な赤字国」などだ。