TPPと米国の戦略。それに比して戦略性なき日本。
グローバリゼーションとは何か。アメリカナイゼーションとは何か。グローバルスタンダードとは何か。日本型慣行、日本型経営とは何か。日本が守るべき文化とは、システムとは何か。何を守り、何を世界に、米国に合わせるのか。
この20年来――。85年のプラザ合意からBIS規制、労働法制の規制緩和、会計基準、食品の安全性、医療制度、公共事業(脆弱国土を誰がどう守るか)。1つ1つ検証してみたらどうかとの関岡さんの問いかけだ。
米国は、日本を開放させ、企業も農地も労働も「投資」「買収」の対象とし、従業員のリストラ、短期の株価上昇を担う。グローバリゼーションの真実、そして各国の文化・伝統・国土・人間観・安全観――違いがありながらグローバル展開する世界。
TPP論議の中身を剔抉する問題提起の書。
ポプラ社が出版した百年文庫。全部で100冊。この10月に100巻完結。全てに名短編が3つずつ並ぶ。「顔」では、ディケンズ、ボードレール、メリメ。「水」では伊藤整、横光利一、福永武彦。「肌」では丹羽文雄、舟橋聖一、古山高麗雄。「祈」「空」「域」「客」「嘘」・・・・・・。
全部で100冊、300短編だ。
いずれも人間の内面を、ひだを、生命空間を、素朴な人間関係を。またいずれも文章に切れとこくがある。そして、かつての時代が浮かびあがる。良き時代、貧しかったが、時間が人間を中心にゆったりと流れ、気取りもない。生活が、愛が、にじみ出る。
この喧噪の時代、人生と生命、生きるということを考える味わいのある良書ばかりだ。
ポプラ社に感謝したい。
話は戦国乱世、天正6年(1578)から始まり、慶長8年(1603)あたりまで。信長、秀吉、そして関ヶ原、家康へと進む大激動の時代――そこで生きた三人の二代目。上杉景勝、毛利輝元、宇喜多秀家の三人の生き残りをかけた苦悩・智慧・勇気が描かれる。
毛利元就の三本の矢、隆元・吉川元春・小早川隆景。その毛利を引き継いだ隆元の子・輝元は叔父の二川(吉川、小早川)と相談して事を進めるが、二川の考えも重なり、思うようにいかない。毛利家が大であるがゆえの苦闘でもある。その外交僧
安国寺恵瓊の動きも活発だ。
宇喜多八郎(秀家)は、したたかな宇喜多直家の悲願の子。ピタッと秀吉について、その意味では路線・姿勢に揺れはない。母親・お福の男まさりの智慧が描かれ、その発する言葉はじつに面白く、的確。
偉大な上杉謙信(妻をもたなかった)のあとを継ぎ、生き抜いた景勝。そこには2人、直江兼続と謙信の姉であり、景勝の母・仙桃院が支える。
お福と仙桃院の2人の女性が、この小説では際立つ。
「二代目は先代の苦しみを知るが、初代は二代目の苦労を知らない」――ダイナミックな歴史小説。
毛利の外交僧である安国寺恵瓊。信長の死を予言した禅僧とも、関ヶ原を演出した男ともいわれるが、戦国乱世をまさに動きに動いた男だ。
「信長の代、五年三年は持たるべく候。明年あたりは公家などに成らるべく候かと見及び申し候。左候て後、高ころびにあおのけにころばれ候ずると見え申し候。藤吉郎さりとてはの者にて候」(吉川家文書)――恵瓊の分析だ。
「わが栄達は、秀吉とともにあった・・・・・・」「毛利家を豊臣政権下での生き残りの道に導いたのは、ほかならぬ恵瓊と小早川隆景の二人である」――。光秀の謀反、中国大返しについて、本書では「拙僧も寝耳に水の話でございました。恵瓊はぬけぬけと言った」とある。知っていたという筋書きだ。関が原に向けて恵瓊、三成、大谷吉継の3人の密談が描かれ、毛利輝元を西軍の総大将と担ぎだすが、恵瓊の前のめり感がよく描写されている。いずれにしても怪物。公明新聞に「安国寺恵瓊」として連載された。