20120914戦後史の正体.jpg日本の戦後外交を動かしてきた最大の原動力は、米国に対する「追随路線」と「自主路線」のせめぎ合い、相克であった。米国の対日路線は、世界戦略の変化によって変わる――。前者は吉田茂、池田勇人、中曽根康弘......。後者は重光葵、石橋湛山、岸信介、田中角栄......。そう孫崎さんはいう。

歴史はそれほど二者にくっきりと分けてつくられるものではないことは、先頃の鳩山政権を見ても明らかだが、あえてはっきりと両者を分けて分析しているがゆえにわかりやすいし、回顧録等を駆使して、新たな視点で切り込んで分析しているがゆえに刺激的になっている。

日米安保条約がどこで誰によって調印されたか、行政協定の意味が重いのはなぜか、安保闘争とは何であったか、米軍基地はいかなる論議のなかで存続しているのか――孫崎史観は、本書ではとくに「60年安保」までを抉っている。1990年以降はむしろ「日米同盟の正体」に詳しい。


20120911我関わる、ゆえに我あり.jpg副題に「地球システム論と文明」とある。

「科学の力によって圧倒的な時空を手に入れた20世紀。我々は、宇宙、地球、生命、文明について、どこまで知り得たのか」「地球を飛び出し、地球を俯瞰する視点を手に入れた21世紀の我々・・・・・・。その圧倒的な情報を元に、新たな自然観、歴史観、世界観を確立し、それを元に新たな思想、哲学を探ること。それこそが現代において『我々とは何か』を問うことだ」と松井さんはいう。

その「我」は、デカルトの「我思う、ゆえに我あり」の「我」とは少し異なる。「外界、すなわち家族や社会、自然との関わり、その過程を通じて形成されるのが我であり、そのあらゆる外界との関わりの中で、脳の中に蓄積された内部モデルが人生ということだ。我関わる、ゆえに我あり」だ。つまり「我」は外界との関わりのなかでつくられる。だからこそ「人間はどのように生きるべきか」は「人間圏はどのようにあるべきか」「人間圏の議論を深めることが、人間論を深めることにつながる」――。

松井さんの著書「地球・宇宙・そして人間」を読んでもう25年にもなる。その後も根源的な視点を常に示してくれている。昨年の3・11の津波・原発事故以降、こうした「地球システム論と文明」を問う根源的思索が不可欠だと思う。「3・11と人間圏の創造」で松井さんは「自然の前に我々は無力だ」という前に「自然のことを、我々はまだ何も知らなかったに等しいのだ」と言う。

137億年の時空のなかで、我々とは何かを問い続けるとの指摘とともに、仏法の成住壊空、住劫第9の減をも考え、感慨を新たにした。


20120907それをお金で買いますか  市場主義の限界.jpgありとあらゆる商業主義の実例が出てくる。現実の今の話だ。

医療、教育、スポーツ、出産、子ども、死、臓器、戦争、政治――あらゆるものがカネで取引され、売買されてしまう時代。しかもそれが全方位で浸透している。市場の論理でいけば、こうした取引は問題はない。裁判で争われることはあっても。

しかし経済学的に、問題はないとしても、「これでいいのか」との違和感を多くの人々がもっている。何か違う。これでいいはずがない。マイケル・サンデルは、誰も説明してくれないこれらの問題に「何が問題なのか」と切り込む。この世には「買えないもの」も「買えるがそうすべきでないもの」もあるはずだ。

「善き生とは」「高級な生き方とは」「人間として生きるということとは」「われわれはどんな種類の社会に生きたいのか」――。商業主義に潜む「退廃」「冒涜」「下品」「失望」「汚染」、そして「神聖さ」「精神性」の喪失。

「経済学者的美徳観は、市場信仰をあおり、本来ふさわしくない場所にまで市場を広げてしまう。・・・・・・利他心、寛容、連帯、市民精神は、使うと減るようなものではない。鍛えることによって発達し、強靭になる筋肉のようなものなのだ。市場主導の社会の欠点の一つは、こうした美徳を衰弱させてしまうことだ。公共生活を再建するために、われわれはもっと精力的に美徳を鍛える必要がある」

「われわれが望むのは、何でも売り物にされる社会だろうか。それとも市場が称えずお金では買えない道徳的・市民的善というものがあるのだろうか」と結ばれている。

「拝金主義」とまではいかないが、「美質の国・日本」にも商業主義は浸透してきている。「どういう社会に生きたいのか」ということを考えることだ。「見えざる社会保障」が社会の進展とともに崩れた日本は、その共同性をいかに再建するか、それもまたこうした問題だ。


20120904東日本大震災_国交省.jpg東日本大震災から500日余。発災直後から道路の啓開、命のルートを開いた「くしの歯作戦」、救援ルートの確保や人的、物的の両面から市町村支援に全力を上げてきた国交省東北地方整備局。その活動を記録した貴重な本だ。

重要な働きをしたのは、3.11深夜から直ちに始まった被災市町村へのリエゾン(災害対策現地情報連絡員)派遣。そして「棺桶でも大丈夫ですよ」「私のことを"整備局長"と思わず"ヤミ屋のオヤジ"と思って下さい」という3月21日の徳山局長から被災市町村への文書だ。こんな役所の文書があるのだ。国交省が今回、従来の役所の常識を打ち破って重要な働きをしたことがよくわかる。

東日本大震災は、被災地の方々の頑張り、官も民もボランティアの方々、全ての人間の魂の戦いによって、未曾有の国難を突き破ってきていると思う。今も......。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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