戦後70年談話の論点.jpg戦後70年の節目にあたり今年に出した安倍政権の「70年談話」。1868年の明治維新から70年といえば1938年、日中戦争が始まる翌年。そして1945年から70年だ。この談話に向けて設けられたのが有識者による21世紀構想懇談会(20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会)だ。西室泰三座長、北岡伸一座長代理をはじめ、学者、言論界、ビジネス界など幅広い分野と様々な世代より構成された。本書はその議論の全貌であり、すでに会議ごとに公表されたものだが、一冊にまとめられたものを通読すると、歴史や国際政治が俯瞰され、大変示唆に富んだものとなっていることを感ずる。


諮問事項は「20世紀の世界と日本の歩みをどう考えるか」「その教訓を踏まえ、戦後日本の平和主義、経済発展、国際貢献をどう評価するか」「米国、豪州、欧州の国々、とくに中国、韓国等アジアの国々とどのような和解の道を歩んできたか」「21世紀のアジアと世界のビジョンをどう描き、貢献するか」「戦後70周年にあたって我が国が取るべき具体的施策はどのようなものか」の5つだ。


現在の日本の原型はほとんど1945年~1972年までの占領期の7年弱につくられたと思うが、広く明治維新からの140年間を俯瞰する作業は大きな意義をもっている。


漢文は本当につまらないのか.jpg慶應志木高校ライブ授業とあり、橋本先生の漢文授業が本書だ。こんな授業があれば、誰もが受けたいと思うだろう。私の高校時代の教師はけっこう個性的でほとんどアダ名で呼ばれていた。傾倒した先生の授業は本当につまらなかったが、放課後の人生論、人生観が面白かった。だから正直、大学受験の妨げとなった。


本書は「四書五経と朱子学について簡単に学ぼう」「論語は本当に完全無欠なのか、疑ってみよう」をはじめ、「詩経」「老子の世界観」「正史『三国志』」などが自由に語られ面白い。知識を得るというより、何を言わんとしているかを全的に把握することの重要性、歴史と物語の違い、考える力を養うことの大切さ等が示される。思考が前後左右に揺さぶられ、橋本先生の世界へどんどん引き込まれていく。


1106570032_main_l.jpg圧倒的な感動小説。「丈夫が こころ定めし 北の海 風吹かば吹け 波立たば立て」(依田勉三)、「波浪は障害にあうごとに、その頑固の度を増す」を思う。明治から平成にかけて、東北から北海道に向かった祖父とその孫、そのまた孫の6世代にわたる家族と命をつないだ馬の物語。


雪崩で馬とともに遭難しながらも、その愛馬を食べて生き延び、腹の中にいた捨造の命を守った母。その手紙で事実を知った捨造の号泣。その孫・和子が世話をする馬・ワカ。離島に残された馬に会いに行く和子の孫・ひかり・・・・・・。「およばぬ」ものとして畏怖される苛烈な風土、そのなかで必死に生き抜く人と馬。壮絶ななかに「生き抜け」「馬に生かされたんだ。報いねばなんねえ」との心奥の叫びと、「わたしのどこが哀しいのだ。島に独り残り出られないのではない。この島の王として凛として君臨する」と感じさせる馬の存在が、大地に屹立する。


戦後リベラルの終焉.jpg「なぜ左翼は社会を変えられなかったのか」と副題にある。「本書ではこういう日本的な左翼(中道左派)を"戦後リベラル"と呼ぶ。彼らは反戦・平和を至上目的とし、戦争について考えないことが平和を守ることだという錯覚が戦後70年、続いてきた」「彼らは戦後の論壇で主流だったが、何も変えることができなかった。全面講和も安保反対も大学解体も、スローガンで終わった」「団塊世代の特徴は新憲法バイアスである。生まれたのが終戦直後だから、戦争は絶対悪で、平和憲法は人類の理想だという教育を子供のころから受けた」「憲法を超える"空気"は、戦前も今も変わらない。それをかつて右翼は"国体"と呼んだが、戦後は"国民感情"に変わっただけだ」・・・・・・。そして、「今の日本で重要な政治的争点は、老人と若者、あるいは都市と地方といった負担の分配であり、問題は"大きな政府か小さな政府か"である」と結ぶ。


まさに私の戦後は、人生そのもの、全てである。たどった人生、出来事、思想を、そのまま思い起こしながら読んだ。


春雷.jpg時代社会が変化していることを知らず、武士という特権意識に何の疑問ももたず安住する者。また名君気取りで質素の形だけに溺れ、見せかけの善政で体裁をつくろう者。信を寄せている訳でもなく、ただへつらい生きる者・・・・・・。そのなかで、恐れず、ぶれず、ためらわず、ただ心奥に秘めた一心の成就にかけた鬼と呼ばれた男がいた。財政難に喘ぐ豊後・羽根藩の改革断行に指名された多聞隼人。


「米一粒たりとも作らぬ武士こそ、悪人ということになる」「悪人とはおのれで何ひとつなさず、何も作らず、ひとの悪しきを謗り、自らを正しいとする者のことだ」「殿は名君にあらず、稀代の暗君である」「多聞様は自らが鬼となることで、まことの正と邪を明らかにされようとしていたのではないか」・・・・・・。


「多聞様は、世のひとを幸せにしたいと願って鬼になられたのです」――鬼と謗られる孤高の男の想いは誰も知らず。それを「蒼穹を、春雷がふるわせている」と結んでいる。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任、公明党前代表。元国土交通大臣、元水循環担当大臣。

現在、衆議院議員、党全国議員団会議議長、東京第12総支部長、首都直下地震対策本部総合本部長、現代中国研究会顧問など。

太田あきひろホームページへ

カテゴリ一覧

最新記事一覧

私の読書録アーカイブ

上へ