ゴリラの森、言葉の海.jpg霊長類学者、京大総長の山極寿一氏と「博士の愛した数式」の小説家・小川洋子さんのかみ合った対談。「小川洋子さんは人の心の底に降りていく不思議な能力をもっている。僕は小川さんに問われるままに、アフリカの熱帯雨林を歩く時の感覚を取り戻し、ゴリラになり、これまで自分が体験したことを述べた。会話が進むうちに、言葉の森と自然の森は似ていることに気がついた。どちらも多様性に富み、それぞれの構成要素がいくらか見えているのに、そのつながりがわからない。・・・・・・どちらの森でも、僕たちはストーリーを求めて彷徨っていることに変わりはないような気がしてきた(山極寿一)」「言葉など意味をなさず、言葉では名付けえない秩序によって守られた世界。その懐かしい場所へ戻ろうとして、自分は小説を書いているのかもしれない(小川洋子)」と語る。

動物は究極するところ「食」と「生殖」――。「人に飼われている動物を野生に戻すことは本当に難しい。生きることは食べることですから。・・・・・・僕は野生のサルやゴリラの調査をしているから、向こう側からこっちの世界を見られるんです。そうすると、動物園の動物とか、ペットだとか、あるいは人間そのものが、非常に特殊な世界に住んでいることが分かります」「人間は本当にいびつで奇妙な生き物に進化しちゃったんだなと」・・・・・・。たしかに、「言葉を使う」「書き言葉を出現させ、さえずり、つぶやきを固定する」「家族をつくり、社会をつくる(チンパンジーは家族がなくて群れだけをつくる。ゴリラは家族のような小さな群れを作っているけどあくまで単体)(血縁関係にない他人同士でも食べ物を分け与える種が出現した。これが人間です)」「愛という不思議な心をもつ人間。見返りは求めず、自ら望んで、進んで、与える(自分の時間を相手に与える)(他の動物はたとえ血縁者であっても、お乳を吸わなくなったらすぐに他人になる)」というのが人間・・・・・・。

しかしその奥底には、「人間というのは進化の過程で森から出て行きましたが、森の中で通用した特徴を今も多く保有している。森にいたころに何が一番重要かというと、突然現れたものにすぐに対処するという身体感覚」――。まさに身体感覚が、刻まれていること、文明の破壊性に遭遇してもそのコアの感覚があることを呼び起こしてくれる対談。だからこそ心持良いのだろう。


奇跡の経済教室戦略編.jpg長期の経済停滞から脱するための「戦略」を提示し、これまでとってきた経済政策を根本的に修正せよ、という。中野氏がこれまで思想的、経済理論的に論述してきたことを更に強く主張するとともに、最近のMMTについても解説する。当たり前のことだが、「デフレ時にはデフレ対策、インフレ時にはインフレ対策」が徹底されることがまず大事。日本はまず「財政支出を拡大して、デフレを脱却する。緊縮財政から積極財政へと転ぜよ」「ムチ型(企業利潤主導)(人件費削減)成長戦略をやめて、アメ型(賃金主導型)成長戦略へと転換せよ。賃金上昇や実体経済の需要拡大によって経済が成長するような経済構造へと改革せよ」という。平成が財政再建論、公共事業悪玉論、規制緩和の構造改革論によってデフレの悪循環に沈んだことを指摘する。

「"インフレ恐怖症"は"商品貨幣論"の間違いに起因する。MMTは『通貨の価値を保証するのは、政府の徴税権力である』と説明する。その政府の徴税権力の根源は、民主政治にある」「成長と格差縮小の為には、需要対策として大きな政府、積極財政、減税、金融緩和。供給対策としてアメ型成長戦略、規制強化、労働者保護、グローバル化の抑制が必要」「デフレ時にムチ型成長戦略をとれば、企業は利潤を貯蓄に回し、人件費を切るからトリクルダウンは起きない」「デフレ時は縮小するパイを皆で奪い合うから、レントシーキング活動(自分の利益を増やすためにルールや規制の変更を政治・行政に働きかける)が活発化しやすい。規制緩和、競争促進の"改革"が煽られる」「現在の日本経済はデフレ。デフレは需要や財政赤字の"過剰"ではなく"過少"だ」「エリートが考え方を変えられないのは"認識共同体"だからだ」「グローバル化の徹底は、民主政治とは両立しない。グローバル化の徹底のために国際条約を使って、各国の民主政治を制限することになる」「一度決まったことは元に戻したり、変更できない "経路依存性"の現象が多くある」・・・・・・。

「平成の過ちを繰り返さないために!」という「基礎知識編」の続編。


白き糸の道.jpg時は幕末。貧しい養蚕農家に生まれたお糸は手を抜かずに突き進む女性。数えで十歳のお糸は、歌川貞秀という旅絵師と、中村善右衛門という蚕種商に出会い、今までとは全く異なるものが世にあるのだと知る。ある時、医者が体温計を使って熱を計ることを知り、「体温計をお蚕飼いに使えないか」と思いつく。江戸に飛び出して、善右衛門と共に周りの助けを得て、苦労しながらも養蚕が量産し易いように、寒暖計を養蚕業用の蚕当計に作り上げていく。

しかし、これはお糸の「寒暖計」「蚕当計」の成功物語ではない。江戸時代、しかも因習深き地方において、志をもって生き抜こうとした一人の女性の物語だ。江戸に何度も飛び出す。しかも親や自分の娘を村に置いて。「蚕当計」は作り上げたものの、少しも広まらないし、彼女自身への蔑みは繰り返される。とくに娘からの反発は凄まじい。しかし、何度も何度も体当たりで挑み、ついに「蚕当計」も村からの「信頼」も勝ち取る。何といっても娘と親子の会話ができるようになる。

私は、女性は男性よりも真剣で、一途で突っ込んで結果を出すと思っている。子供に対する愛情も深いし、仕事についてもやり切る力は凄い。お糸は決して良妻賢母でも、肝っ玉母さんでもない。"困った人"といえるかもしれないが、周囲とぶつかり、葛藤しながらも突き進む女性の姿が、黒船が浦賀沖に来る日本近代の黎明期を背景に見事に描かれる。


ドキュメント 「令和」制定  日本テレビ政治部  中公新書ラクレ.jpg「令和」制定の経緯を日テレ政治部がまとめたもの。「平成31年4月1日の発表の日のドキュメント」、さかのぼって「NHKのスクープ『生前退位』の衝撃と『恒久法か特例法か』の議論」、「官邸の動きと保守派の考え」「最終候補選定までの道のり」「考案者と国書」等々が、生々しく語られる。「極秘」で進められるものだけに、「取材される側」「取材する側」の緊張感が伝わってくる。さまざまな攻防はあるにしろ、「令和」がスタートを切った。

本書はまた「元号と政治」の章で結ばれている。「始まりとなった水戸学」「光圀以来の"敬幕"の論理が、尊皇論が純化されることによって討幕論につながった」「明治より『一世一元』となったこと」「天皇親政と元号の結び付き」「敗戦によって天皇による"時間支配"の物語はピリオドを打つ」「法的根拠の喪失と元号廃止論の浮上」「保守勢力の"草の根"運動と元号法の成立(1979年6月)」・・・・・・。「権威と権力」「象徴天皇」「皇位継承」「内閣等による皇室の政治利用」など、国と社会の諸課題は考え続けなければならないことだ。


希望の糸.jpg面白い。殺人事件だが悪人はいない。運命に操られる家族。夫婦・親子の愛、思いが心に迫る。これも加賀恭一郎シリーズといえようが、主人公は加賀の従弟で刑事の松宮脩平。殺人事件をきっかけに、複数の家族の秘密があぶり出され、「人には家族にも言えないことがある」「言うべきか、言わざるべきか」が交錯する。"心の扉"という琴線に触れる作品。

目黒にあるカフェ「弥生茶屋」の経営者・花塚弥生が背中をナイフで刺され、店で殺害される。「あんないい人はいない」と誰もがいった。恨みを買うようなこともないように思われたが、捜査線上に二人の人物が浮かぶ。一人は綿貫哲彦、弥生の元夫。もう一人は汐見行伸、店の常連客で弥生に好意を寄せていたと思われた。捜査が進むと綿貫の家族(同棲する中屋多由子)、汐見の家族(妻・玲子が亡くなり、14歳の娘・萌奈と二人暮らし)がともに深い闇をかかえていることを知る。どうも証言がおかしい。秘密を抱え真実を心の内に隠しているとしか思えない。この二つの家族とともに、捜査を担当する松宮自身に、生まれてすぐに亡くなったとされる父親と名乗る者が現われ絡み合う。この家族にも人に明かせぬ秘密が隠されていた。

「あたしは、誰かの代わりに生まれてきたんじゃない」「そういえば、と克子が続けた。この糸は離さないっていっていたな。たとえ会えなくても、自分にとって大切な人間と見えない糸で繋がっていると思えたら、それだけで幸せだって。その糸がどんなに長くても希望をもてるって。だから死ぬまで、その糸は離さない」「素敵な巡り合いがあると思う(子どもができ)」・・・・・・。

殺人事件自体は解決するが、松宮は「解くべきは各家族に潜む親子の謎の糸だ」と奔走、苦悩する。家族の絆、親子の絆、血と育ての絆、運命をとことん感じさせる。

プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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