「改革なくして成長なし」ではなく、「成長なくして改革なし」というのはある話だが、都留さんは「成長なくて改革をこそ」という。
対米一辺倒からの脱却と、成長を前提としない改革を提言する。非核や安保廃棄で平和条約、シュマッハー「スモール イズ ビューティフル」、「市場化は市場の領域を拡大することにより、自己決定権を少なくする。
ところが、福祉のために非市場の領域を拡大しなければならないとすると、自己決定権の拡大を必要とする」「社会保障は、権利なのか恩恵なのか(シビル・ミニマムとしての社会保障)」「不良債権処理がなぜ構造改革か。産業の再配置という構造改革」「消費税の引き上げではない。資本所得に対する課税を強化して得られる"フローの社会化"の中から社会保障給付の財源を確保できる」「豊かさの貧困とスローライフ」などの指摘が、どうしても「なつかしい」思いがする。
経済を専門的に掘り下げてほしいという思いが残るが、遺稿となった。
昨年の「論座」7月号の「政治家は『勇ましい姿』より『ちょっと待てよ』の気概を」(久間さん、仙谷さん、そして私太田の対談)が掲載されている。
後藤田正晴さんの「遺言」はこんなに平易に語れるかと思うほどだ。「憲法というのは、民主主義を信用しないからこそ大事」「憲法という国家の基本法へのシニズムを生み出す危険水域に入っている」(大沼保昭氏)、さらに「立憲主義がまず用意する手立ては、人々の生活領域を私的な領域と公的な領域とに区分すること」として、
価値の多元化した近代社会で、人々が立場の違いのなかで生きるために立憲主義があるという長谷部恭男氏。そして梅原・五百旗頭対談もいい。ナショナリズムの危険性を理解し、それをコントロールできる多くの人が必要となっている。
わが国の国土は、不毛であった大地を肥沃な土地に変え、安全に安心して暮らせるために、働きかけてつくってきたものだ。
しかし、現代人はそれを天与のものとし、国土をどうするか、国のグランド・デザインをどうするか、都市や街をどうつくるかということを忘れているかのようだ。そして、昨今は公共事業を目先だけの財政問題としてとらえている。
それにしても、こういう本がなぜ日本に少ないのだろう。なぜ日本の文化と伝統を学ぶ格好の国土学を、そしてそれを築いてきた日本人の知恵と努力と格闘を学ばないのだろう。
大石さんの博識と熱気と冷静・沈着さは学生時代から(同級生)いささかも変わらないが、各章それぞれ刺激的でうなずくばかりだ。できうれば続編を望みたいし、表や地図を入れてくれればよりあり難いと思う。
ぜひ一人でも多くの人に読んでほしい。
仏典に「心如工画師」とある。また、ヴィクトル・ユゴーだったと思うが、「海よりも壮大な眺めがある、それは大空だ。大空よりも壮大な眺めがある、それは人間の魂の内部だ」――たしかに心・生命・脳・人生は広い。脳を磨き、手入れすることが大切であり、またどんな時に活性化するか、働くかは、人生そのものといえる。
どの項目もきわめて面白いし、有意義であり、読みながら発想が浮かび、脳が動いた。
茂木さんのいう「クオリア(質感)」はたしかに、無機質のものでなく、温度も量もある質感だ。
「脳と仮想」も読んだが、小林秀雄のテープをこよなく愛して買い込んだ私としては、ともすると考えもしない感じもしない時代にあって、生きることとはいかに豊かにできるものか、考えることと感じること、そして仮想を生きる喜びを感謝をこめて味わうという茂木さんの概念「仮想」が、小林秀雄賞に輝いたことは、私にとってもうれしい。
