アメリカに代表される市場重視型の福祉レジームも、北欧諸国の社民主義型の福祉レジームも、そして日本が従来とってきた家族依存型の福祉レジームも、いずれも危機に直面している。日本の場合は限界という言葉が適切かもしれない。頑張れる限界ということだ。まさに、ライフ・ワークバランス、仕事と出産・育児の両立、夫婦と企業も含めての働き方の再検討という課題を克服し、少子高齢社会に対応するということは、今までの日本社会のあり方の劇的な転換なくして乗り切れない。
今までの高齢者支援の福祉政策ではなく、働く女性への育児支援、子供の保育や若者の職業教育に、振り向けるためには、彌縫策(びほうさく)ではなく、土台から作り直さなければならない。これは長期にわたる戦いだ。
わが党の「少子社会トータルプラン」の実現を急がねばならない。
「デフレ不況説のまやかし」「郵政民営化はアナクロニズム」「高齢化社会は豊かな社会」をはじめとして、構造改革の議論の前提となっていること自体に疑問を提示している。
日本企業の収益率が低いということの問題、直接金融の育成が大事であり、銀行が統合して何か解決したと思ったら大間違いであること、日本に革新的企業が生まれるよう構造変化に対応した手を打つべきこと、
ITを駆使した21世紀型グローバリゼーションの現実をもっと直視して対応すべきこと、日本の高物価の体質を変えるよう何に手を打つべきか。過剰サービスをやめて安いものを、保護的規制を払い農業・サービス業などの低生産性を克服すべきこと、そして年金や税制のスタート時からかかえた矛盾が時代の大変化のなかで噴き出し、抜本的改革が求められていることなどが、示される。
1940年体制ということを指摘した野口さんだが、1つ1つ根源から考えることを学ぶ。
仮想的有能感という概念を提示している。「現代に生きる人々は"怒り"の感情が生起しやすいことと同時に、仮想的有能感という心性を獲得してしまった」という。自己愛的有能感と自尊感情と仮想的有能感の違いと関係性が示されるが、現代人には「自信のなさ」「不安」「関心は他ではなく自分にあり、社会や他者への関心は薄く、友人が自分をどう見ているかについて意識過剰となる」「人間は本来、常に自分を高く評価していたい動物だが、意欲がなく、下方比較で安心する」
「安易な自己肯定」「自尊感情が傷つけられた怒り」――などがあると指摘する。
なぜそうなっているのか。「貧しさから豊かさへ」「権威主義から民主主義へ」「宗教の衰退」「集団主義から個人主義へ」、そして「新たな電子機器でパワーを獲得できている」「マスメディアの発達」「個人主義が先鋭化」「テレビなどのお笑い番組のように人を軽く扱う風潮」を指摘する。
そのとおりだと思うが、問題はどうするかである。
