会津武士道.JPGのサムネイル画像保科正之の偉大さは、「名君の碑」に明らかだが、名家老・田中正玄、そして正玄から5代目の江戸中期の家老・田中玄宰(はるなか)、さらに幕末の最も困難な時代、京都守護職についた松平容保(かたもり)ら、会津に積み重ねられた結晶たる武士道は一条の光芒を放った。いかなる逆風のなかでも武士道を背骨として毅然として生きていく姿勢、ひたむきに国家の為、領民の為に尽くす清冽な生き方が会津武士道。悲憤慷慨のあまり自刃するような「滅びの美学」が会津武士道ではないと中村彰彦さんはいう。

あの徳島の板東俘虜収容所のドイツ人俘虜を愛国者として待遇した第9の初演奏の軍人・松江豊寿所長(中佐)も会津だ。

「骸骨を乞う」――職を辞す(全て国家に捧げ尽くしたため今の自分はもう骸骨に過ぎず、その残骸を引きとって引退したい)

他者に優しく、己を律するに厳しい。きちんと生きてきちんと死ぬ。毅然と生きて毅然と死ぬ――と中村氏は結びで記している。


幸運な文明.JPG「幸運な文明、日本は生き残る」というが、生き残る生命力と智慧が本当に発揮されるかということだ。

地球環境問題、資源の枯渇、世界人口の急増という困難な事態に対して、風力、水車、太陽光、リン鉱脈(渡り鳥の糞)、食糧危機に対する魚介類・・・・・・。

歌川広重の「名所江戸百景」からの謎解きや、江戸の都市づくり、「なぜ吉原遊郭は移転したのか」「モンゴル軍を破った土地」「家康の関東制圧作戦」など、いつもながら面白い。


名もなき毒.jpg「模倣犯」から9年、「楽園」が出たが、「名もなき毒」を読んでみた。宮部みゆきには、ミステリーや時代小説作家の域を超えた深みがあるとして、ファンが多い。その通りだろう。"動機のない"愉快犯や、"理由なき"殺人、猟奇的殺人、無差別的犯罪という、よくわからない事件が多い。難しい社会であり、時代だ。

その根底に「怒り」、いいようのない自分だけが幸せになれない、自分を受け入れてくれぬ社会への鬱積した不満と不安が「怒り」として爆発する。幸せな人が憎い。上から安易に正論をふりかざす人が憎い。そしてそれが社会のいたる所で毒として(土壌汚染の毒が、何かのキッカケで表面に出るように)表面化し、他者も自分自身も切り刻む。農耕的な"お人好し日本"は、いつ頃からか変質している。

それゆえに、怖い社会となっているが、この小説では、その恐ろしい難しい社会を見事に浮き彫りにするとともに、"お人好し"の主人公と元気な"ゴン"ちゃんと、前向きな中小企業社長と、分別と存在感のある義父のポジティブ・グループが登場している。そこに宮部みゆき本の人気がうかがい知れる。


難儀でござる.JPG忠実だ。「主持ちは、大変でござりまするな」という。激しく、厳しく、何ものも恐れない信長、衰亡する今川、武田、それに仕える者たちの困惑。

ここには、年輪を刻んだ老練の味がある。振り回される武家の男の日常は、他人からみればこっけいだったり、物がなしくもある。


猪口さん、なぜ少子化が問題なのですか?.jpg勝間さんは、金融アナリストの仕事をしながら、「ムギ畑」というワーキング・マザーの集まるインターネットのコミュニティ・サイトを主宰している。

私がとくに関心をもったのは、ともすると悲惨なワーキング・マザーを論じがちになる一般の話ではなく、勇気づけ、ポジティブに現実をとらえ、その向こうに新しい少子化を乗り越えた未来を志向していることだ。

そして、猪口さんに私が関心をもったのは、「近代化の帰結としての少子化」「近代の効率重視の典型的なパラダイムは、ワーク・ライフ・バランスなど、多元的の人間のニーズを取り込めない」という観点に立ち、自らのエスニシティを封印するなかでモダンなる存在へと発展したと歴史性を看取し、ポスト・モダンの時代におけるエスニシティを取り戻すこと(家庭はエスニシティの砦)、ポスト・モダン文化とはエスニックな文化との視点を提示していることだ。

そして、少子化対策を国の最重要戦略として位置づける(国の本気度)こと、そのために考えを結晶化させる触媒としてのインパクトのある政策(児童手当の乳幼児加算など)を示している。いい。それを推進した公明党の名がないことだけはまずい。

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プロフィール

太田あきひろ

太田あきひろ(昭宏)
昭和20年10月6日、愛知県生まれ。京都大学大学院修士課程修了、元国会担当政治記者、京大時代は相撲部主将。

93年に衆議院議員当選以来、衆議院予算委・商工委・建設委・議院運営委の各理事、教育改革国民会議オブザーバー等を歴任。前公明党代表、前党全国議員団会議議長、元国土交通大臣、元水循環政策担当大臣。

現在、党常任顧問。

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