徳川第9代将軍家重とそれを支え続けた大岡忠光を描いた感動作「まいまいつぶろ」の外伝、アナザーストーリーというべき5編。徳川吉宗・家重の将軍ニ代に仕えた御庭番・青名半四郎(万里)は、江戸城の深奥で、何を見、何を聞いたのか――そうした形で、それぞれの5編が描かれる。吉宗の子・家重は、ろれつが回らず、指が動かず、尿を漏らす。歩いた後には、尿を引きずった跡が残るため、「まいまいつぶろ」と呼ばれ、蔑まれ、陰口を言われ、廃嫡まで噂されていた。誰にも言葉が届かない家重であったが、ただ一人、その言葉がわかる大岡忠光が小姓となる。しかし吉宗の時代には、側用人制は廃止されており、あくまで完璧な通詞「御口代わり」に徹することが、忠光には課せられていた。それを疑う者、また家重の能力を疑う者が多いなか、家重・ 忠光の2人は一心同体で耐え抜くのだが、江戸城内で御庭番が見聞きしたものとは・・・・・・。
「将軍の母」――徳川吉宗の母・浄円院が和歌山から江戸に入る。家重の聡明さに気づいた浄円院は、「家重殿は決して、将軍にはつかせぬように」「どうか、そのような酷い目には遭わせんでやってくだされ。なあ、鳩巣殿。儂は、あの子が不憫でなりませぬのじゃ」と言うのだが。その真意とは・・・・・・。
「背信の士」――老中首座の松平乗邑は、家重にも、「あれはまるで側用人」と忠光にも抗い、家重の弟・ 宗武を9代にすべきだと言ってきた。家重が将軍宣下を受けた後に老中を罷免される。出仕停止、隠居となった乗邑が向かった先は・・・・・・。
「次の将軍」――家重の嫡男・家治を、吉宗は手放しの可愛がりよう。「そなたは元服したゆえ、父上の言葉がわからぬようになったのではないか」「そなたは父上の言葉を聞き取ることよりも、その仰せの意味に耳をすますことの方が大切じゃ」と、吉宗は言う。「忠光を遠ざける、くらいなら、私は将軍を・・・・・・」――。吉宗、家重、家治の心の奥が、愛と苦悩が交錯する。
「寵臣の妻」――忠光の妻・志乃。嫡男の兵庫は世の噂を聞き、悔しがる。「皆が言ったのは嘘ですよね。父上は勝手に家重様の代わりにしゃべったりしておられませんよね」「父上は言わせておけと仰せになりました」・・・・・・。折り紙1枚も受け取るな、と厳命されていた志乃の胸の内は・・・・・・。
「勝手隠密」――美濃国郡上藩の百姓からの訴状(郡上騒動)を読んだ田沼意次。「郡上の一件、再吟味については意次を老中格とする」――。万里は、郡上の再吟味の手助けをする。退隠を決意した忠光は家重を愚弄してきた老中・酒井忠寄を訪れ、万里の存在を明かしつつ釘を刺す。痛快。その万里が最後に会いに行った人物とは・・・・・・・。
吉宗、家重、忠光を貫く愛と苦悩と国を背負う強靭な意志。守り抜く人間模様。心の深淵の覚悟の境地を見る。