「痛快時代ミステリー」の小説としても面白いが、綱吉の時代に貨幣経済を展開した荻原重秀の背景も浮き彫りにする秀逸作。
時は元禄――。佐渡金銀山は次第に産出が激減し、多くの間歩(鉱山の坑)も水に浸るようになっていた。その衰退しかけた佐渡金山で立て続けに怪事件が起こった。御金蔵から消えた千両箱、36人が落命した落盤事故、落ちぶれ山師トンチボの神隠し、能舞台で磔にされた斬死体、割戸から吊り下げられた遺体、そして役人の逆くノ字斬り・・・・・・。いずれの事件現場にも血まみれの能面が残され、能面侍「大癋見」の呪いと噂されていた。そんななか、幕府の勘定吟味役の切れ者・荻原重秀が新しい佐渡奉行となり、その補佐役(広間役)として間瀬吉大夫が先遣された。「凍て剃刀」と言われるニヒルな吉大夫、「焼き剃刀」と言われる荻原は、ともに強烈な個性を持つ辣腕で、惰性に流れ沈滞する佐渡に喝を入れ、怪事件の解決と佐渡の大改革に乗り出す。そこで行動を共にしたのが、若き見習い振矩師(鉱山測量技師)の静野与右衛門とその師匠の老振矩師、山方役筆頭の槌田勘兵衛。そして遊郭の女将あてび、与右衛門の幼なじみのお鴇など。それぞれがこれでもかというほどキャラが立つ。
怪事件の裏には、取り潰された藩の再興の策略と裏金作り、偽金作りの秘密があった。さらに事件を解決するとともに、衰退している佐渡金山を起死回生させる手を与右衛門を中心に立案する。水に浸った間歩、水没した坑道から水を抜く南沢惣水貫の大事業への挑戦。佐渡を蘇らせようと戦う人間模様が感動的に描かれる。
農本主義から貨幣経済への転換をもたらした荻原重秀。その伏線となる物語でもあることを思えば、この小説の重みがさらに増す。