「カフネ」とは、ポルトガル語で「愛する人の髪にそっと指を通す仕草」。心が融け通じ合うことと言えようか。
法務局に勤める野宮薫子は、不妊治療の末に突然突きつけられた離婚と、溺愛していた弟・春彦の急死が重なり、アルコール依存症にも似たすさんだ生活を送っていた。弟が遺した遺言書から、弟の元恋人・小野寺せつなと知り合い、やがて彼女が勤める家事代行サービス会社「カフネ」の活動を手伝うことになる。ぶっきらぼうでふてぶてしくもある冷徹なせつなと、誠実な努力家で他人を頼るのが苦手な薫子という12歳違いの二人は、料理上手とお掃除上手のコンビでもあった。家事代行先は、いずれも汚れて散らかって片付けられない部屋、疲れ果てて気力のない家庭ばかり。二人は様々な事情を抱え、悩み苦しむ利用者の心を軽くしていく。手料理は手際よく絶品、掃除は心の闇まで払うようだったが、薫子自身も感謝される喜びを見出し、自らを立て直していくのだった。
そのなかで、「なぜ春彦は死んだのか」「誰にも笑顔を見せていた若き弟はなぜ遺言書を残したのか」「なぜ夫は突然、離婚を迫ってきたのか」という疑問が、明らかになっていく。薫子が全く知らなかった弟の真実の姿と心の闇、そしてカフネのメンバーが抱える重い過去。いずれも思いもやらない衝撃の事実であった。こうしたなか、薫子は自らの硬い殻を破るとともに、せつなとのつながりを強めていく。
「その人がどれだけ困っているかなんて、数値化できるわけでもないし、通りすがりの人間が外側から見てもわからないことですよね。自分の感情で、物事を勝手に測って判断するのはいかがなものか」「『自分の欲しいものがよくわからないんです』ってぽつりと言ったのよ。・・・・・・『そういう時あなたが選ぶべきはあなたの心だ』と答えたわ。『あなたの人生も、あなたの命も、あなただけのもので、あなただけが使い道を決められる』って」「(春彦は)笑顔で軋轢を受け流すことをやめ、好ましい姿を演じることをやめ、本当の自分として生きるために踏み出そうとしていた」「母も春彦が窒息寸前だったことに、その首を絞めていたのは自分たちが愛と思っていたものだったことに、本当は気づいていた」・・・・・・。
文章の巧みな切れ味、新鮮な時代感覚を表す会話、キャラの立つ登場人物、世代感覚のギャップ、そして衝撃的な事実――。心の深淵に迫る素晴らしい傑作だ。