2024年本屋大賞翻訳小説部門第1位。会社を辞め、ソウル市内の住宅街にカフェ付きの書店を始めたヨンジュ。緊張とストレスで疲れ果て、会社を辞めるだけでなく、離婚までして追い詰められた彼女が、子供の頃からの夢だった本屋を開いたのだ。ヒュナム洞の「ヒュ」は「休」という字。アルバイトで手伝うようになったバリスタのミンジュン、夫の愚痴をこぼすコーヒー業者のジミ、無気力な男子高校生ミンチョル、その母のヒジュ(ミンチョルオンマ)、兼業作家のスンウ・・・・・・。社会や家族との関係に悩み、孤独を抱える人や傷ついた人たちが、この本屋に来て癒されていく。
「自分が本を愛し、書店のスタッフが本を愛するなら、その愛は逆にも伝わるのではないだろうか。・・・・・・本でコミュニケーションし、本で冗談を言い、本で友情を深め、本で愛をつないでいくなら、客も自分たちの思いをわかってくれるのではないだろうか」「一日を豊かに過ごすことは、人生を豊かに過ごすことだと、どこかで読んだ一節について考えながら眠りにつくのだろう」・・・・・・。
著者のファン・ボルムは言う。「息つく間もなく流れていく怒涛の日常から抜け出した空間。もっと有能になれ、もっとスピードを上げろと急き立てる社会の声から逃れた空間。その空間で穏やかにたゆたう一日。それは私たちからエネルギーを奪っていく一日ではなく、満たしてくれる一日だ」「私は自分が読みたいと思う物語を書きたかった。自分だけのペースや方向を見つけていく人たちの物語を。悩み、揺らぎ、挫折しながらも、自分自身を信じて待ってあげる人たちの物語を。・・・・・・もっと頑張らねばと自分を追い詰めて日常の楽しさをなくしてしまった私の肩を、温かく包んでくれる物語を」――。まさにこの本は、その通りの「優しく慰められる」本になっている。「~しなければならない」「~すべきだ」でがんじがらめになっている社会。「本当に、好きなことをしないといけないのか?でも、自分には好きなことなんてないのに」という生の世界を、このヒュナム洞書店は受け入れている。「彼の言う幸福とは、最後の瞬間のために、長い人生を人質にとられているのと同じだ。最後の瞬間の一度きりの幸福のために、生涯、努力の指導士で不幸に生きていかないといけないんだ。そう考えると、幸福っていうものがなんだか恐ろしくなったんです。だから、私は幸福ではなく、幸福感を求めて生きようって、考えを変えたんです」と言うくだりがある。
ヒュナム洞書店、この空間が人々の身近な存在となり、力を湧出させる場となっていく。悩みの背景に、燃え尽き症候群や不安定な非正規雇用、激しい競争があるのは日韓共通のものだが、大学卒の就職難は韓国の大変さを物語っている。また、ヒュナム洞書店は「多様性のためにベストセラーは排除した」と言っている。「ヨンジュは大型書店のベストセラーコーナーに行くと、出版市場の歪んだ自画像を見る思いがした。数冊のベストセラーに依存する悲しい現実。本を読まない文化のあらゆる側面が反映された結果に過ぎない。このような現実のなか書店を運営するものがなすべきは、それでも小さな努力を積み重ね、読者に多様な本を紹介することであるはずだ」と言っている。このような本屋が地域にあることは意義深く嬉しいことだ。